フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

山下公園からみなとみらいへ

2013-02-28 22:57:46 | 日記
2月28日 木曜日 快晴

この所の寒い日が続いていましたが、今日は暖かかったです。
デジカメを使わずフィルムを使う撮影方法の写真展でした。父を思い出しながら楽しみました。
朝、家を出るときは展覧会を見た後、横浜に出て映画でも見に行こうと思って居ました。

ところが素晴らしい写真を見ている内に、映画を見るより山下公園を歩きたくなったのです。
山下公園は余り人出もなく静かでしたし、風が有りませんでしたから海もとても静かでした。
真っ青な空の続きに、ランドマークやコンチネンタルホテルがよく見えました。



それで急にみなとみらいへ行ってみたくなり、山下公園からみなとみらい方面へ歩く事に。
公園の脇の階段を上がって、みなとみらいへの海岸道路と言うのでしょうか其処を歩きました。
その道の途中からの写真です。



ワールドポーターの前から、桜木町駅の方に行くための近道と思い、電車道を歩きました。
水面にランドマークのシルエットが良く見え、いつもとは違うみなとみらいの景色です。
雲一つ無い真っ青な空にそびえるビル群の景色が、そのまま水面写っていました。




家でゴソゴソしているのが好きなので、今日の様に独りで散策する事などほとんどありませんでしたが、
「カメラを首から掛けていると、独りでも旅が出来る」と今日会場で教わりました。
わたしも真似して見たくなりました。泊まりは先の事にして、日帰りの町歩きなど良いかもしれません。

先日のような凄い足の痛みに襲われても、タクシーに乗れる所でしたら独り散策をしても大丈夫でしょう。
独りでレストランに入って食事を楽しめるようになれれば完全に合格、そう思いました。
今日は、素晴らしい日になりました。

ちなみに今日は孫達の大好きなマクドナルドで独りランチでした。重たすぎて食べきれませんでした。
次回はレストランでの独りランチを楽しめるように頑張ります。
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第二東名を通ってみたかった母

2013-02-27 19:40:28 | 日記
2月27日 水曜日 雨のち曇り

お日さまが全然顔を見せず、寒い感じの一日でした。
もっともわたしは新聞を取りに外へ出ただけで、家の中だけでうろちょろして居だだけです。
いわゆる「お宅族」では無いのですが、家が好きなわたしとしては幸せな一日でした。

それに、午前中、次女が”富士宮の母のお墓参り”のお誘いの電話をしてきてくれたのです。
嬉しかったです。本当に嬉しかったです。
孫娘の大学入試の一件がまだきちんと片付いていませんので、電話をしないようにしていましたし、
受験生の行き先が決まらない時期ですので、母の祥月命日の事など口に出来ませんでした。

それなのに、次女の方から声を掛けてくれたのです。びっくりしました。嬉しかったですね。
思いがけず、両親のお墓参りが出来ます。
富士宮の家は昨年暮れに売却しましたのですが、母の家の両隣にもご挨拶に伺ってくるつもりです。
お庭の池もつぶして全く景色が変わってしまった、とお隣さんから伺っています。仕方が無い事です。

寒かったのですが、2階の着物を着る時に使っている部屋の片付けをしていました。
出かける間際に着物を選んだりしますと、迷って何枚か出し、それらを片付けず積んでいました。
ハンガーに掛けたままの着物もありましたので、ひとまずそれらも畳んでタンスに納めました。

掃除機は明日掛けることにして、今日は片づけだけでお終いです。
お日さまが有りませんと埃が見えませんので、お日さまが出て居る時に掃除機を掛けるようにしてます。
この所、気になりながら片付けずにいましたので、ちょっとホットしました。

母のお墓参りには、第二東名を使って行きます。
母は94歳になっても気持ちが若く、「第二東名を走ってから死にたい」と何時も言っていたのです。

もう少し頑張れば母も第二東名を通れたでしょうし、満足して父の所に行かれたでしょうに。残念です。
ドライブ大好きで景色を楽しんでいた母を想いながら、次女の車の助手席でわたしも景色を眺めてます。
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水仙もしだれ梅も花盛り

2013-02-26 20:34:07 | 日記
2月26日 火曜日 晴れ

今日も良いお天気でした。お洗濯を干しただけで、午前中はずっと台所でお鍋を磨いていました。
片付け虫が出ますとお掃除をしたばかりの所でも、色々引っ張り出して整理し始めてしまうのですが、
この所の体力不足の為でしょうか、片づけ仕事は諦めてお鍋を磨いていました。

でも、今日は鋳物のお鍋も満足出来ないところで中止してしまいました。立ち仕事が辛くなりました。
心残りでしたが、流し台周りの後始末だけをして和室のわたしの定席に座りぼんやり外を眺めていました。
寒いのですが、お日さまはすっかり春の陽射しになっています。水仙がとても綺麗でした。

丁度見頃になって居ます、しだれ梅を撮したくなり外へ出ました。
階段の上にかぶるような形でしだれ梅の枝が伸び、青い空をバックにとても綺麗でした。



写真にはお隣さんが更地になったままですので、ずっと先のお宅が見えています。
目下ペンキ塗りの作業中です。

玄関の小さなおひな様も撮しました。小さな小さなおひな様です。
緋毛氈代わりに、お菓子の箱の内箱を使って居ます。右側の内裏雛は紙で作られて居ます。
「銀座あけぼの」のお菓子でお菓子とセットだったと思います。30年以上前にお姑さんから頂きました。



庭から水仙も何本か切って、トイレの小さな壁掛け風の花瓶やあるじの前の花瓶も生け変えました。
午後から友人が訪ねてこられ、リコーダーを吹いたり洋裁の話をしたり楽しい時間を過ごしました。
今日はやはり出かけなくて良かったです。良い休養日になりました。
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春の足音 七段飾りのおひな様

2013-02-25 18:51:57 | 日記
2月25日 月曜日 晴れ

今朝、長女が、今日か明日のどちらかでおひな様を飾りに行きたいと、電話で言ってきました。
今日は午後3時からヨガ教室がありましたので、それだけで判断しますと明日の方が良いのですが、
洋服のリホームの担当の人が今日は出勤日なので、今日来るように薦めました。

彼女も喪服の肩パッドを直して戴きたいと言って居ましたので、思いついたら吉日です。
結婚式は予定が解って居ますが葬儀の予定はありませんから、その気になったら直して置くべきです。

10時過ぎに彼女がやって来ましたので、一緒におでんでわたしの朝食に付き合って貰いました。
昨夜、部屋のストーブの上におでん鍋を乗せて居たからでしょうか、匂いだけで満足してしまったようで、
ほとんど食べられなかったのです。匂いだけで満腹になるとは、”経済的な胃袋”と独りで呆れてましたね。

娘と一緒に食べましたおでんは美味しかったです。ただ、鰯のつみれはもう少し生姜を使うべきでした。
食後、一緒にリフォームの店に行き彼女は直す洋服にピンを打ち修正ラインを決めて戴きましたし、
わたしはお預けしていました仮縫いの洋服を着て再度チェックをして戴きました。次回で完成です。
そのまま帰宅すれば良かったのですが、近くのスーパーに寄ったのが失敗でした。

買い物をして少々時間が厳しくなりました。急いで帰宅し、おひな様を飾る場所作りを始めました。
ピアノの前にテーブルを2つ並べてスペースを作り、其処にひな壇を作るようにしました。



以前は和室だったのですが、今はわたしのベッドルーム兼リビングに使って居ますので飾れません。
わたしはどっと疲れが出て仕舞い、2階のお掃除をするつもりでしたが暫く椅子に座って娘の動きを眺めて居ました。娘が独りで飾ってくれました。

お昼はこの所わたしが気に入っていますお豆腐料理を作ってみました。
「美味しい」と言うのでお土産にしました。わたしには、まだおでんがたっぷり残って居ます・・・。

今年は高校受験が有りましたので、おひな様は飾れないと思って居ましたから、嬉しかったです。
寒い毎日ですが「もうすぐ春が来る」ことが実感出来ました。
我が家のしだれ梅も丁度今は見頃、紅色の開いたお花と蕾が並んで愛らしいです。
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晩酌を薦めた母の親心

2013-02-24 18:03:33 | 日記
2月24日 日曜日 晴れ

今日も良いお天気でした。お天気が良いとどうしてもお洗濯をしたくなってしまいます。
昨夜、何となく気怠く夕食の支度をするのも億劫で、結局夕食は甘夏とお茶だけでお終いでした。
食欲も無いのでそれはそれで良かったのですが、毎晩続けると問題が出て来てしまいます。

今朝も気怠さはとれてませんでした。
ともかく朝食をしないといけないと思い、空腹感は無かったのですが頂き物のおはぎを半分と、
野菜たっぷりのポテトサラダと具だくさんの味噌汁で朝食にしました。
ジャガイモは一度に沢山茹でて、マッシュにしてありますので調理は簡単でした。

今日は全く予定無しですから、どうかするとまた夕食を省略したくなるかもしれませんので、
大根がありましたから、朝食の後片づけをしながらおでんを作り始めました。
生協の宅配でおでん種をほんの少々注文して居ましたので、買い物に行かずあり合わせです。

それでも何となく”おでん”らしくなりましたので、お隣さんにもお裾分けしました。
半月ほど前にお隣さんから、やはりあり合わせと言って”おでん”を頂いてます。
お互い様です。でも今日はすこし歩行困難状態でしたので、ちょっときつかったです。

ガス・ストーブでおでんを炊きながらずっと刺繍をしつつ、ラジオを聴いていました。
時々お茶を飲み、座ったままぼんやり庭を眺めたりしていました。
この頃は随分明るい時間が長くなり、それだけでも嬉しいです。暗くなる、その時が何とも心細いのです。

夕方の寂しさを感じるようになったのは、あるじの急逝からですね。
独りで暗い夜を過ごすのが、とても心細かったです。
でも、やっとこの頃慣れて来たのでしょうか、大分楽になって来ています。

特に昨年から梁塵秘抄を読み始めたことで、急激に変われたような気がしています。
針仕事は夜よりも日中にするようにして、夜は学生時代にもどったように本を読んで楽しんでいます。
宵のうちはリコーダーも吹けますし・・・。

昨夜のように夕食を食べるより、わたしの好きなことをして居たい、そんな気分です。
少しのお酒でも、毎晩の晩酌を楽しみにすれば、夕食が楽しくなるのかも、とふと思いました。
亡くなる前、母が独りになったわたしに「晩酌をすると良いのに」と度々言っていたのを思い出しました。
「晩酌なんて飛んでも無い」と思いながら聴いていましたが、あれも親心だったのでしょうね。
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庭の柚子を収穫・・・但し7個のみ

2013-02-23 21:15:07 | 日記
2月23日 土曜日 晴れのち曇り

寒さに慣れたのでしょうか、それほど寒さを感じない一日でした。
陽射しの有る部屋では暖房は無くても大丈夫でした。
その暖かさが有ったからでしょうか、何時も着ています作務衣の上着のサイズを測って型紙を作りました。

その作務衣の上着は生前母が着ていたもので、この所和服の時も暖パンの時も何時も着ています。
似たような上着は有るのですが、何となく着易く離せなません。母の匂いが残って居るからかも・・・。
作務衣から写し取った型紙を修正して、着なくなった和服をわたし好みの作務衣に作り直そうと計画中。
もう少し暖かくなったら行動開始しますが、まずは刺繍の枕カバーと手提げ袋の仕立てをしてからです。

庭をぼんやり眺めて居ましたら柚子の木の中にヒヨドリが入って柚子を啄んでいるのに気がつきました。
今年は柚子を1つも採っていません。
いつもはびっしり実が付くのですが、今年はほんの少ししかなっていませんので鑑賞用に温存してました。

まだ脚が痛いので、柚子の実を採るのはきついと思ったのですが大きな剪定ばさみで枝ごと切りました。
全部で7個だけでした。それも余り良い状態の実では無かったです。籠に入れて記念写真を撮りました。



我が家のカメラマンはあるじでしたから、わたしのカメラ歴は大学時代まででした。
父は暗室を持って居たほどの写真マニアでしたから、わたしも真似をして写して居ました。
今のように、まめに写真を撮るようになったのは、ブログに写真を入れられるようになってからです。

この頃は瞬間的に構図を考えるようになってきています。
沢山写した写真を見ていますと、わたし好みの構図が有ることも発見したり結構楽しんでます。

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祖母の人生哲学

2013-02-22 19:38:37 | 想い出
2月22日 金曜日 晴れ

風も無く、お日さまが庭中に春を持って来てくれた様な一日でした。
あるじが庭のあちこちに植えました水仙が風でゆらゆらし、ヒヨドリが柚子の実を啄みに来ています。
何とも長閑な景色を食堂からぼんやり眺めて居ました。

のんびり一人でお茶を飲みながら、希望通りの高校に合格した孫息子のことを思い出していました。
2歳4ヶ月違いで弟が生まれる前のことですから、まだまだ本当に幼い頃の事です。
彼は袋を持って歩くのが好きでしたので、公園用に赤い皮の円筒形の袋を彼にプレゼントしました。
青や緑が好きな子でしたが、赤い袋も気に入って、公園に飲み物等を入れて持って行ったようです。

何時も帰る時、彼は「お土産」と言いながら自分の袋に欲しい物を入れるのです。
ジュースだったりお菓子だったり色々でした。ビニール袋や紙袋に入れては自分で持ち帰るのです。
わたしも「今日のお土産は何にするのかしら?」と面白がって眺めて居たものです。

彼に弟が生まれた頃にも、忘れられないことがあります。
母親のお膝は何時も「彼のもの」でしたのに、弟が生まれてからは当然ですが独占出来なくなったのです。
それが幼い彼には大きなストレスになったのです。

わたしも娘も気を付けていたのですが、それでも彼には辛かったようです。寂しかったのでしょうね。
一時ですが、母親の言うことを聞き分け出来なくなり、娘を手こずらせてました。
弟が生まれるまでは母親も父親も彼だけのものだったのですから、仕方が無いのです。

その時、おばぁちゃんとしてわたしが動いた記憶があります。
幼い彼が、弟の存在を認める様になってくれるしか無いのです。彼が理解するしか無かったのです。
一時のことで、まもなく弟を可愛がる優しいお兄ちゃん役が出来るようになり、ホットしたものです。

夏になりますと藤棚の下にビニール製のプールを置き、仲良く二人で水遊びをしたものです。
少し前までは、じゃれ合う子犬のように何時も小競り合いをして居ましたが、それも無くなってきてます。
それだけ彼らが大人になった証拠、わたしとしてはちょっと寂しいですね。

子供の頃、じゃれ合って小さな諍いをして居た方が、成人後の兄弟関係が上手くいく、と聴いていました。
本当かどうか解りませんが、祖母の言葉です。
”物は無くなるが、自分の身につけたものは無くならない”と子供の頃に祖母に言われました。
そんな”祖母の人生哲学”を何となく信じたいです。
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ウクレレの練習とリコーダーの練習

2013-02-21 18:55:24 | ウクレレ愛好会
2月21日 木曜日 晴れ

朝から良いお天気でした。日頃のわたしにしては洗濯物が多かったのですが、気持ち良く乾きました。
今日は午前中にウクレレ愛好会の練習が有りました。
お一人は欠席でしたがそれでも遠方からの方は御出でしたので、楽しく練習をしました。

いつもの様にコード練習をしてから、曲に移行しました。
その時、リーダーが楽譜は見ても良いが手元を見ないように、と言われたのです。
これには参りました。楽譜を見ないのでしたらまだ良いのですが、手元を見ないのではとても無理です
「慣れ」と言われました。確かにピアノも楽譜を見て弾き、いちいち手元は見ません。

そのような注意を初めて受けましたので、もう前に進むどころでは無かったです。
どうしても手元を見てしまうのです。
よほど練習しませんと、感覚だけできちんと押さえられ無いのでしょうし、ギブアップしてしまうかも。

午後からリコーダー友人が尋ねて下さいました。数ヶ月前から二人でデュエットの練習をして居ます。
彼女は2カ所のリコーダー・サークルに所属していますから申し訳無いと思っているのですが、
二人での練習は良い勉強になると言い、数ヶ月前から我が家に来て下さってます。わたしは嬉しいです。

リコーダーは一人でも練習が出来るのですが、ハーモニーの良さを体感しながらの演奏は気分が良いです。
この所大分その喜びを感じることが多くなってきています。
友人もわたしと同じ、とのことです。わたしに合わせての言葉なのでしょうね。

午前の部と午後の部、両方で音楽関連の練習をしたのですが、このような事は初めてでした。
結果、リコーダの方がやっぱりわたしは好き、と言う事を実感しました。
でも、わたしがウクレレをしませんと、彼らは我が家で練習をし難くなると言うのですから仕方ないです。

昨夜、右足の大腿部に強い痛みが出て一晩中眠れませんでした。寝返りも出来ないのです。
原因は分かりませんがこの所このような痛みが時にあります。
でも今日の夕方6時頃には押さえれば痛みはありますが、そっとしてますと痛まなくなりました。

痛みで眠れないと言うのは久し振りでしたが、痛みは辛いです。
昨夜はほとんど熟睡出来ませんでしたのに、明日9時からほのぼの編集会です。
今夜は早めに寝るようにします。痛みはまだ感じますが、寝られない程ではありませんから。
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三浦しをん著「まほろ駅前多田便利軒」

2013-02-20 19:04:31 | 読書会
2月20日 水曜日 曇りのち晴れ

曇って居て何となく暗く鬱陶しいのに、昨日降った雪が凍っていていかにも寒そうでした。
今日は読書会の日ですので、電気カーペットのスイッチを入れたり暖房もしておきました。
何時も一番にやって来る人が今日は珍しく遅かったのですが、何故か皆さん10時ぎりぎりでした。

部屋は暖まっていましたので、ホットなさって、コートを脱ぎながら「面白い本だった」とか、
「一気に読んでしまった」など色々な意見が次々出て居ました。
「見なかったけれど、テレビの深夜のドラマでやって居た」と言う人も居りました。

今月は、三浦しをん著「まほろ駅前多田便利軒」を読みました。
わたしは一気に読んでしまい、その後疲れて往生してしまった本です。
主人公の二人はお互い少し外れてしまった生活をして居て、高校時代の同級生だった男性なのです。
その二人が久し振りに偶然出会ったことから物語が始まります。

著者が女性ならでは、と思ったのは部屋の中の細やかな描写だったと言う人がいました。
確かに著者が男性の時など、女性を描写する文章にそれと同じような事を感じることが多々あります。
「作中に出てくるバス会社は多分○○よね」とか、「まほろ駅は多分○○よね」と結構入り込んで居ました。

主人公の一人は子供を亡くして離婚をし、「多田便利屋」を一人で経営しています。
迷子になった犬猫を探したり、飼い主の旅行中に犬猫を預かったり、何でも請け負う便利屋なのです。
でも、二人の生業はともかく暖かい優しい気持ちが読んで居て伝わって来るのが嬉しかったです。

登場人物が、いかにも「若い人」的な生き方なので、それに関連して若者談義になりました。
少し前の若者は、「働いて自分の車を持ちたい」が第一の夢だったのに、
今の若者は車は欲しいと思わない様なのです。

彼らにとって「物心ついてからずっと不景気なのでその中で出来る範囲で満足するしかない」と思って居て、
「許される範囲内で行動するようにすれば充分幸せ」と思って居るのだとか。

わたしたちの様な年齢になりますと、このような考えは普通ですが若い人の言葉と思うと少し違和感。
そう思うのは、わたしだけでしょうか。
今の若い人の事から、子育てにも話が流れて行きました。会が終わる頃には快晴、お日さま一杯に。

もうすぐひな祭りですので、朝から頑張ってわたしの小さなおひな様を飾ってみました。



七段飾りのおひな様は、長女がやって来て飾るのですが今年は高校受験が有ったので、お休みかも・・・。
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大人になっても仲の良い兄弟で居て欲しいです。

2013-02-19 18:43:20 | 雑感 心にあること
2月19日 火曜日 雪

一日中冷たいお天気で、ずっと雪が降っていました。
先月のように大量に降ったわけではありませんから、積もることは無いでしょうが滑るかもしれませんね。
弘前の友人達には笑われそうですが、雪景色です。







明日は読書会ですので図書館まで本をお借りしに行くのですが、眼科の予約が3時半でしたので、
眼科が終わってから図書館に廻るつもりでした。
でも雪が積もりますとタクシーが上がれなくなりますので、早めに図書館だけ行って来ました。

何となくじっくり本を読むことも出来ず、その代わり頭の中は勝手に動いていました。
まず、孫息子の第一志望の合格です。涙が出そうなほど嬉しかったです。
あるじが居ましたら、絶対乾杯をしたでしょうし、もしかしたら娘達を誘って夕食に行ったかもしれません。

発表の日、娘から「合格した」の第一報が入りました。
瞬間は単純に「良かった」と思いましたが、暫くして2歳下の孫息子のことが気になり始めました。
兄は受験した学校の入試に全部合格したのです。それもかなりレベルの高いところばかりです。
2年後、自分も兄のように出来るか、しなくてはいけないのか等々、プレッシャーを感じると思うのです。

特に一流校を軒並み合格してしたのです。卓球部に所属しながら生徒会もして居ました。
学習塾に行き始めたのは、3年生の夏休みからですから、素晴らしい事です。快挙です。
でも先を歩く兄も大変だったでしょうが、兄の背中を追いかける弟のこれからは大変です。

それだけに、兄はなるべく弟にプレッシャーを掛けないような言動をして欲しい、そう思うのです。
何気ない言葉やそぶりが無意識に人を傷つけることを、わたしは体験して居ます。
人それぞれで傷付く言葉は違うと思いますが、わたしはあるじが亡くなったときそれを痛感しました。

あるじと最後の別れをした方から「君の様に死なせて欲しいと頼んだよ」とわたしに言うのです。
あるじの急逝でショックを感じていましたから、辛い言葉でした。聴きたくない言葉でした。
長年介護をしている方は、あるじが優しい人だからわたしに世話を掛けないで済むように早く逝った、とも。
わたしは言葉を失うほど強烈な衝撃を受けましたが、それはわたしを慰める為の言葉だったのです。

わたしのことはともかく、これから受験やその他色々難関が控えている子供には、
無用なプレッシャーはない方が良いと思ってます。まして兄弟の間にはないほうが良いです。
その方が、大人になってから仲の良い兄弟の付き合いが出来るような気がするのです。

「兄弟は他人の始まり」と言われますがそうならないように、何時までも仲の良い兄弟で居て欲しいです。
わたしの様な歳になりますと、兄弟の大切を痛感しますがそれは今の彼らには理解出来ない事でしょうね。
兄弟仲良く、揃って元気に前を向いて生きて欲しいです。
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たこ焼き器で丸いホットケーキ作りを

2013-02-18 21:35:31 | 日記
2月18日 月曜日 雨

冷たい雨が降って居ました。朝の内は部屋を片付けたり電話がかかって来たりで何となく時間が経過。
でも11時頃には片付き、テーブルに座って本を読み始めました。
この所何となく落ち着かず、暫く本を読めませんでしたのでちょっと嬉しかったです。
一度読んだ本を読み直しながらメモを採り、楽しんでいます。

午後から久しぶりにヨガ教室がありました。
1週目は佃島へもんじゃを食べに行きましたし、2週目は祭日でお休みでしたから、
2月に入って、初めてのヨガ教室でした。
独りでストレッチをしていますが、ヨガ教室に参加しますと驚くほどすっきりして身体が軽くなります。

それで、シルバー体操は調子が悪いときはお休みしますが、具合が悪くてもヨガ教室には参加します。
今日も体温が上がったようで元気になりました。耳も刺激していますから、暖かくほてっていました。
ヨガに行っている間に文旦が配達されたようで、不在通知が入って居ました。

急いで配達の人の携帯に電話をしましたら、近くに居たからでしょうか、直ぐ持って来ました。
久しぶりの文旦です。あるじの写真の前に2個供えてわたしも1個皮を剥き始めました。
文旦の懐かしい香りに包まれながら、多いと思いながら1個食べてしまいました。

夕食は、一人鍋とセットで買いましたたこ焼き用の鉄板で、ホットケーキ・ミックスを溶いて焼きました。
焼きながら食べていましたので、予想通り食事時間は長くなりました。
偶にはあるじが居たときのように長い時間を掛けた食事をしたかったのです。

焼きおにぎり作りにも、一度挑戦しましたがおにぎりはそう幾つも食べられません。
結局、お腹いっぱいになっておにぎりだけ焼いておきました。
ただおにぎりを焼くときも油を敷きませんと上手に丸くならないのが難点ですね。

ホットケーキは成功でした。くず餅の蜜ときな粉をつけて戴きました。
結構美味しかったし、作るのも楽しかったです。独りで楽しみながらまたやってみたいです。
ジャムを入れて焼いてみるのも良いかもしれません。
茹でたソーセージと温野菜のサラダだけで充分満足しました。

食べきれず残してしまった丸いホットケーキです。焼きながら食べながら写真は撮れませんでした。



ホットケーキ・ミックス粉はまだ有りますから、また焼いてみます。
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自分を自分で楽しく出来れば上々。

2013-02-17 21:04:08 | 日記
2月17日 日曜日 晴れ

久しぶりに昨夜寝る前に、目覚まし時計をセットしました。
と言いますのは、昨夜お隣さんが明朝7時半頃から帯を上げて欲しいと電話がありました。
早い時間の結婚式に出席するそうです。

朝は何時も早く起きるのですが、時々寝坊して7時過ぎになって居たことがありましたから、
もしも寝坊してしまったら約束違反です。念のための目覚まし時計をセットしました。
でも、5時半前に目ざめましたので、目覚まし時計の音は聞かずに済みました。

7時半少し前にお隣に行き、袋帯の山を決めて割りに簡単に作業は終わりました。
8時に迎えに来て下さるそうなので、その時間までリビングで立ち話しをしながら待つことに。
迎えの車の人が迷子になって居ると電話があり、道順の説明をして居ましたのでわたしは家に戻りました。

お隣に向かう前に、ベッド周りのシーツやカバーを外して洗濯機のセットをしてましたから、干しました。
それからテーブルクロスを外してまた洗濯機を動かしました。藤棚の下の竿も使って干しました。
気持ち良く全部乾きました。テーブルクロスと枕カバーはアイロンもしました。

それより、今日は高校受験の孫息子が一番行きたいと言う学校の、発表の日でした。
何となく気になっていて、連絡が有るまで落ち着かず本が読めませんでしたので刺繍をしていました。
わたしと同じ柄の袋が欲しいと妹が言うので刺してますが、その布地がとても刺し難いので往生してます。
でも、もう少しで刺し終わりますから、刺し終わったらミシンを使って仕立てて完成です。

孫達の進学先も決まりました。
これからはわたしがなるべく迷惑を掛けないようにして生きて行くだけです。
元気そうに楽しく自分で自分を遊ばせる、それが出来れば上々、そう思っています。
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修理から戻った携帯と近々の眼鏡

2013-02-16 18:29:48 | 日記
2月16日 土曜日 晴れ

冷たい風がかなり強く吹いていましたが、お天気は良かったです。
昨日も余り体調が良くなかったその後遺症なのでしょうか、今朝7時過ぎまで起き上がれませんでした。
いくら何でも起きないと、と頑張って起きたのですが寒くて何を着ようか判断が出来ません。

ぼんやりした頭でカレンダーを見て、何の予定も無いことを確認して一安心。
いつもの朝のコースをゆっくり一通り消化して、身繕いをし終わった時気がつきました。
修理中の携帯の代わりで借りています携帯の使用限度期日が今日だったのです。

冷たい風がかなり吹いて居ましたので肩が凝ってしまうほど厚着をして、ヨドバシカメラに向かいました。
まず最初に、修理済みのわたしの携帯を受け取り、次に2週間前に注文して居ました「近々」の眼鏡が出来て居ましたのでそれも受け取って、更に刺繍糸も買いに行きました。

わたしが使っています刺繍糸を少し前から近所のお店で扱わなくなり、手に入らなくなってました。
戻って来た携帯と「近々」の眼鏡の写真を撮って見ました。どうもこの種類の赤が好きなようです。
家の中で使うだけですので、フレーム選びで遊びわたしにしては大冒険をしました。



買い物嫌いのわたしですから、家を出てから帰宅するまでに80分弱。早く歩ければもっと短縮出来たかも。
何時も、用だけ済まして一目散で帰宅します。総歩数は5892歩でした。

午後から、高校受験戦争中の孫息子は公立の一次試験の発表があり、1次試験に合格したと報告がありました。
そして今日の午後、面接試験だったそうです。そして最終発表は明日の午後になるとか。
今日、発表があった学校へ行きたい、と頑張っていたので、明日、元気な声が聞けると嬉しいですね。

大学受験の孫娘は、国公立を諦め内部推薦で大学に進むことにしたそうです。
ともかく行き先が決まったようです。それだけでホットしました。
何もしてあげられないのに、気をもんでも仕方が無いのですが性分ですね。

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声を出してチェックする事に

2013-02-15 22:53:14 | 日記
2月15日 金曜日 雨のち曇り

朝から冷たい雨が降って居ましたが、シルバー体操には参加するつもりだったのです。
月に3回のシルバー体操なのですが、1回目はお墓参りに行き欠席し今日が2回目でした。
3回目はほのぼの編集会が有りますので欠席しますから、せめて今日は参加するつもりだったのです。

朝の内はいつもと同じように動けたので、体操に行く準備もしていました。
ところが出かける時間になってきた頃、脈が速くなって部屋の中を歩くのも辛くなっていました。
今夜のみなとみらいホールでの横浜バロックのコンサートで、プログラムを手渡す仕事を頼まれてました。

人手が足らないと言う事で、わたしに声が掛かっていました。
急に行かれなくなってはご迷惑を掛けることになりますので、体操は休むことにしました。
暫くベッドで横になって休憩タイムに。
夕方、無理をしないようにゆっくりした歩きで予定より30分以上早めに出ました。

コンサートホールの楽屋は解り難いと聴いていましたが、やはり迷いましたが何とか到着。
入場してこられる方にプログラムとその他のチラシを束ねて、それを手渡すだけです。
今までもわたしのピアノの先生のリサイタルで、受付のお手伝いをしたことはありますが今日のは初体験。

プログラムだけ受け取って、その他のチラシを拒否なさる方が居られるのは驚きました。
良い経験をしました。
今日のコンサートでは珍しくハープの演奏がありました。とても綺麗な音色にうっとり。

コンサートが終わる頃には、雨は上がっていました。
ちょっと気にはなってはいたのですが、玄関のドアロックをせずに出かけてしまっていました。
今までも「もしかしたら・・・」と気になることがありますが、大抵ロックされていたのですが・・・。

体調が悪く、孫娘の入試が心配だったりで気持ちが散漫だったからなのでしょうね。
これからはバスの運転手さんのように声を出してチェックして出かけるようにします。反省です。
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孫たちの受験、その明暗で

2013-02-14 18:55:00 | 日記
2月14日 木曜日 曇りのち晴れ

一日中孫娘のことを考えて居ました。高校3年生になった彼女は大学受験の最中です。
私立の中学・高校に通って居ましたが、その上の大学に進まず外の大学受験に挑戦しています。
センター試験に失敗したようで、この所かなり落ち込んでいました。

次女が孫と婿殿のバレンタインデーのチョコレートを受け取りに、昨日の夕方にやってくる予定でした。
わたしがお通夜で留守になると言いましたら、わたしを駅まで送りながら我が家にやって来ると言い、
わたしの出かける時間が決まったら電話をする約束をして、電話を切りました。

まもなく次女から「かなり落ち込んでいるので電話をして来ないで」と携帯メールが送られてきました。
私立大学を受けてきたようなのですが、わたしとの電話の直後に不合格の知らせが届いたようなのです。
大学受験が始まってからは、わたしからはほとんど電話をしないようにしていました。

受験で失敗した孫娘の気持ちを思いますと、わたしも滅入って何をする気にもなれず参って居たのですが、
昨夜のお通夜に着ていきました喪服を片付けようとした時、スカートの裾が解れているのに気がつきました。
母が亡くなってから、母の喪服をリホーム店でわたし用に補正して戴いたものです。

裾の解れをチェックしましたら、母が絹糸で絎けたその絹糸がもろくなって解けてきていたのです。
喪服は急に着るようになることが多いので、スカートの裾を全部解いて修繕をしました。
裾の修繕をしながら、終わったら次は以前わたしが作ったベストの裏の処理を直そうと思い始めました。

気持ち的に、刺繍をする気分にもなれずリコーダーを吹く気にもなれず本も読めなかったのです。
ラジオを聴きながら洋服の修理を黙々として居ました。以前から気になっていたベストの裏も処理しました。

高校受験の孫息子は、今の所全部合格しています。昨日、本命の公立を受験してきたそうです。
長女から状況報告の電話があり、高校受験生から「合格かどうかは解らないけど」と元気な声でした。
高校と大学とで受験対象は違いますが、2人の受験生のムードにはっきり明暗が出て仕舞っています。

わたしが悩んでも仕方が無い事なのですが、やっぱり「無縁なこと」とは思え無いし・・・。
高校生の孫は、どこかに入学が出来ますが、大学受験の孫は失敗したらもう1年頑張るしかない、
そう思うことにして、何とかわたしも踏ん切りが出来、少し元気になりました。

誰もが通過しなくてはならない道です。
孫達もしっかりこの関門を、精一杯頑張って無事通り過ぎて貰いたいです。
誰も助けてあげられない、独りでしか戦えない事なのですから・・・。
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