大師の時代(榊亮三郎)その12
しかし、吾輩は、大師の性格につきて、今一つ常に感服して、能ふべくんば、私淑したいと思ふことは、大師が、常に山林烟霞の癖のあつたことで、身は、大唐の上都に入りて、天下の大を見、文章才學一世を曠うした身でありながら歸朝の後は、強ひて卿相に攀縁して、天子の寵榮を徼へよともせず、法の爲め國の爲め、營々として盡されて、遂に身は、深山の白雲の中に隱れてしまつた、是れ吾輩の羨望 . . . 本文を読む
もし、現在と未来が過去に依存しているなら、
現在と未来は、過去の時の中に存在するだろう。
もし、現在と未来が過去に存在していないならば、
現在と未来が、どうして過去に依存するだろう。
もし、現在と未来が過去に依存しなければ、
現在と未来が成立することなど、有り得ない。
以上の理由で、現在と未来は、実在していない。
現在と未来に関しても、この場合と同様である。
まだ、来ていない「時」は、認識 . . . 本文を読む