仏法の起こる前でも仏法はあった
明恵上人は「仏は無始以来出世されているので印度で仏法の起こる前でも仏法を修したる人が生まれて福聚に恵まれた人生を送った。」とおしゃっています。たしかに『三千仏名経』では、過去荘厳劫・現在賢劫・未来星宿劫の三世それぞれに一千の仏がおられるというのですからもっともでした。「三世諸仏」ともいうのは是でした。
「或人の云く、『仏法未だ渡らざる先は震旦・本朝に寿福共に豊か . . . 本文を読む
童子教( 傳安然(平安前期の天台僧)作、「塵添壒嚢鈔」「大蔵経データベース」「童子教故事要覧(加藤咄堂)」等により解説)・・2
「神明は愚人を罰す 殺すにあらず懲らしめんが為なり。 師匠の弟子を打つは 悪むにあらず能からしめん為也。 (論語・憲問篇に、「原壌夷俟」条という名高い一条あり。「原壌、夷して俟つ。子曰く、幼にして孫弟ならず、長じて述ぶる無し。老いて死せず。これ賊と為す、と。杖を以てその脛 . . . 本文を読む
平成二十七年九月二十七日、NHK教育テレビの 「こころの時代」で安永祖堂師(花園大学教授)の『人生是公案』という話がありました。(まさにコロナも全世界の人類に公案を与えているのでしょうか。
「・・・禅の世界には「現成公案」という言葉がございまして、禅の修行と言いましても、修行道場で坐禅を組んで、公案を解決するというのは、これは「畳の上の水練」と言いまして、要するに実際に海で泳ぐということではない . . . 本文を読む