つらつら世間お無常を観想するに王侯ともうしたてまつれども、あさましき人間のわずらひをものがれさせ給はず。朝に玉のうてなに錦のしとねをかざりぬれども、ゆなべのけぶりとなる身はばせお(芭蕉)の風にあへるがごとし。死門は歩みにしたがひて近し。れうらきんしょう(綾羅錦繍)は三途のはだへをかくしがたし。ほうせきのむつごとはしばしのこだまのひびきににたり。くわようかうがんのよそほひも、槿花一日の栄におなじ。または、目慣れる草のうえにその名ばかりのこれり。黒髪はよもぎがもとにまどへども、たれか是をはらはん。白骨は草むらによこたゆれども、これいだくものさらになし。まことに夏の夜の夢に異ならず。生者必滅のことわり、口にいひて身にしられず。たとへば駑駘の鞭になれたるたぐひなり。ひきかへておどろかせたまへ。まことにうけがたき人身を受け、さひわひにあひがたき密教、広大無辺の功徳尊き光明真言をとなへさせたまひ、現当二世の祈願なさせたまはば、利益なにかはむなしからん。ここに高祖大師の御釈みにいわく、冒地の得がたきにはあらず、此の法にあふことのやすからざればなりと釈したまへり。冒地とは梵語。知恵の義なり。総じて一切宗門と申せし事、釈迦如来御在世の時はそのわかちなし。御入滅後二千余年の後、三国に八宗伝来す。そのほかわが朝にて興行の新宗なり。しかるに真言一宗は大日如来の所説三世常恒の法なれば、法爾法然の宗門なり。さるほどに、分別聖位経経に、真言陀羅尼宗と,釈迦如来も説きたまふにより、諸宗にすぐれて最上至極の宗門なり。これによって真言宗のすすめには現当二世の利益あるなり。(続)
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