(世界を救うものは、大悲と大智である)
事事無礙の応用といふべきものを申し上げて結論とします。
人間の集団生活はまた法界の相を呈しております。集団の構成単位は個多の事事に相応するものです。この中の一個事に何らかの変化が生ずればそれは必ず余他の事事に影響を及ぼすに決まっています。人間の集団はそれほどに緊密な聯関のうえに立っているものです。大海に一つの波が動けば如何に微小のものでも全体に及ぶのです。・・国家といふものも「世界国家」といふべきものの一単位細胞であります。人間の集団的生活を国家といふものの枠だけの内に見ないで、『世界政府』『世界国家』といふものにまで拡げなければなりませぬ。・国家我も我執の一種です。我のあるところには必ず戦闘があります。それはなぜかといふに我といふ甲殻の中に閉じ込められて外界を知らないものにはいつも一種の猜疑・恐怖の念があります。さうしてそれと同時に自分に対しては相応以上の評価をしようとする自惚れがあるものです。自ら外に通ずる途を塞ぐものはかうなるのが当然です。その結果は戦闘の惨禍をもたらすより外ありません。・・趙州従念は唐代の禅客であるが、その人に崔郎中といふ人が尋ねた「あなたのやうな大善智識でも地獄へ落ちるやうなことがありましょうか」「それはある。自分は真っ先に這入る。自分が這入らなかったらあなたにお目に掛れなかったのだ」。又あるとき老婆が尋ねた。「女人は五障の身と申しますがそれはどうやって免れませうか」「だれもかれも皆極楽へ行ってくれ。わしだけはいつまでも苦海にいたいものです」。これが趙州の答えであった。いずれにしても大悲心が覿面に認得せられない限り法界の風光は望まれません。今後の世界を救ふものはこの大悲心なのです。さうして大悲はまた大智でなくてはなりません。(以上)
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