福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

ミニミニボランテア体験記

2019-11-08 | 講員の活動等ご紹介
ミニミニボランテア体験記
昨日遅まきながらやっと余裕が出来て台風19号被災地域のボランテアに行くことが出来ました。当該地域のボランテアセンターには「SNSでの発信は控えるように」という張り紙がありましたので地域名を伏せて簡略に記録しておきます。
ホームページでまだボランテアセンターを開設しているところをやっと探しだして未明に出掛けました。服装は作業着で丈の長い防災長靴をはいたまま電車に乗ります。まだラッシュの前だったのでリュックもそれほど乗客の邪魔にならずに済みました。

ボランテアセンターでは市の職員らしき方々が朝から来ています。口口にお礼を言ってくれます。8年前東日本大震災直後石巻に1週間ほどボランテアに入った時は膨大な人数で市の職員の方など雲上人で話もできなかったので今回はほっとしました。

午前は泥出しです。床板を上げて泥を出します。初老の男性6人ほどで作業をしました。みなさん積極的で初対面なのに本当に気持ちよく作業できました。依頼人側も特に恐縮するでもなくボランテア側も特に不要なことも言わず双方まったくサラサラっとした態度で作業が進みました。
午後は別口で土間の掃除でした。ここでも依頼人は作業場にも殆ど顔をださず任せっきりで淡々と作業を終えました。
8年前の石巻の時は依頼人の方は恐縮していろいろ話しかけたりお礼を言ってくれましたが今回はあまりそういう態度はありません。双方あっさりしたものです。まさにこれがボランテアの醍醐味と思います。

ボランテアを頼む方もボランテア側も相当練れてきています。まさに三輪清浄(『大般若波羅蜜多経』初分浄道品に「若し菩薩摩訶薩、布施を行ずる時は三輪清浄なるべし。一つには、我、施者となすに執せず。二つには、彼、受者となすに執せず。三つには、施、及び施果に著せず」。『心地観経』に「能施(施す側)・所施(施される側)及び施物は、三世中において無所得(空である)。我等最勝心に安住し一切十方仏に供養す」。)を体現してきているように感じました。

また今回改めてボランテアは最高の「作務」ではないかとも思いました。ボランテアの前後も最中も一切の雑念は浮かんでこないからです。まさに「莫妄想」状態が一日続きます。機根の劣る自分には瞑想しているよりもいい効果がありそうです。百丈懐海の「一日不作、一日不食」という言葉や鈴木正三の「世法即仏法」も「作務」が実際は凄い深さを伴っているということを喝破していたのかもしれないと思った次第です。

猶後で気が付いたのですがボランテアで訪れた地は以前坂東33観音霊場参拝で訪れていた地でもありました。まったく気が付かなかったのですがやはり不思議な仏縁はあるものです。
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1 コメント

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お疲れ様です。 (ドロスケ)
2019-11-08 12:43:25
はじめまして、ランキングからきました。

ボランティアお疲れ様です。
学生の頃はよくボランティア活動をしていたのですが、
最近は仕事や家族を言い訳に一切行かなくなりました。

していない私が言うのもなんですが、
ボランティアの精神は大事ですよね。

改めて、お疲れ様でした。
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