「人に負けたくないのではなく、運命に負けたくない」
8歳の時に両親を亡くし小学生で路上ライブしながら生活費を稼いでいたが今は
DeNAでSHOWROOMの総合プロデューサーをしている前田裕二氏の言葉。
http://careerhack.en-japan.com/report/detail/402
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佛説毘沙門天王功徳経如是我聞 一時、仏が王舎大城竹林精舎にて大比丘衆 千二百五十人とましましき。爾の時、阿難は 一心に合掌して仏にもうして言さく、『 如何なる因縁をもってか 此の毘沙門天王は 身に金甲を被り、左手に宝塔をささげ 右手に如意宝珠捧を取り捧げ、 左右の足下に羅刹・毘闍舎(らせつ・びしゃじゃ、は共に食人鬼)鬼を趺むや』 仏阿難につげたまはく 『此毘沙門天王は 七万八千億諸仏の護持、仏法の . . . 本文を読む
高野春秋・(嘉承元丙戌年)「十一月十一日、検校明算大徳、病患無く安祥にして中院密室に円寂す。門弟子一心院谷菩提塔中に殯斂す。行年八十六、治山十六年。案ずるに菩提塔の所は分明ならず。蓋し是一心院池上に塔婆を号して聖道場となす有り。奥端に塔有り、是其の遺跡歟。」
明算大徳は、長元四年1031定誉に師事して高野山で出家。頼尋から伝法灌頂を受け、高野山御影供をはじめた。ついで康平七年10 . . . 本文を読む
不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言句義釈 (明恵上人)ひそかに釈家の意を案ずるに、如来の密語に二の意趣あり。可釈の義と、不可釈の義となり。初めは機縁に応ずるが故に無量甚深の義理の中に、略して一分を出さしめ、人をして恵解を生ぜしむ。後にはこれ如来の密語なるがゆえに思議の境界に非ず。ただ仰言を生じてこれを持念すべし。いま、初門について多含の一義を出して、いささか持者の信心を勧む。願はくは佛恵の光明を挑けて . . . 本文を読む
「善を為すも其の益を見ざるは、草裡の東瓜の如し。自ら応に暗に長ずべし。悪をなすも其の損を見ざるは、庭前の春雪の如し、まさに必ず潜かに消ゆるべし。」(菜根譚)(善行をなしても一向にその結果が現れないとおもっていても大丈夫である、草裡の東瓜が草に隠れて見えなくても成長をしていてそのうち大きな実をつけるように、善行の結果も着実に成長していてそのうち実をつけるものである。悪事は逆に庭前の春雪が知らぬ間に消 . . . 本文を読む
「神様は自分だよ。・・・人生開き直らないとなんにもなんないよ」(BSフジ「塙山キャバレー」に出演していた、老年ママの言葉。若い時人身売買に遇って一生苦労して老年でトタン張りの飲み屋を開店している。) . . . 本文を読む
これだけ拝んでいるのに救われない、これだけ善行を積んでいるのに救われない、ということがよくあります。「これだけ拝んでいる、善行をしている」という意識をもっている間はまだ救われないのかもしれません。救われるためには布施行が必須ですが(大師の「御請来目録」に「それ釈教は浩汗にして際なく涯なし、一言にしてこれを蔽えばただ二利にあり。常楽の果を期するは自利なり、苦空の因を救うは利他なり。・ . . . 本文を読む
第三十四番 みつ゛くぐり日澤山水潜寺。御堂六間四面西向。
本尊千手觀音並に彌勒薬師御長各二尺(60㎝) 三尊共に傳教大師御作
當山開基の原始を尋に、昔時天長元年(824)、東國大に旱して金石流、土山焦、草木涸て枯野の如く、鳥獣も 喘ぎ苦しむ 此山下の民雨を乞へども甲斐なく、岩碎大地さけていとおそろし。然るに僧教て曰、澍甘露法雨と札に書て所々に建て、観世音に祈ば必 . . . 本文を読む
以前古稀を前に何十年来の大ピンチが突然訪れたことがあります。世間に大恥をかくことになりそうでした。今後のことを思うと何をしても心ここにあらずと言う状態でした。外を歩いても足がうわついて大地を踏みしめている感がしませんでした。人間ピンチの時は思考範囲が限りなく狭くなっていてそれがまた堂々巡りになり苦悩の蟻地獄を生んでいます。時間的には今の瞬間しか考えられなくなっているし、空間的にも自分の苦悩の事しか . . . 本文を読む
第三十三番 小坂下 延命山菊水寺。御堂七間半六間南向。
本尊聖觀音 立像御長三尺三寸(1m) 行基菩薩御作
當寺は其昔八人峠と云所にありき。彼峠の麓に菊水の井とて古き井有、今の御堂より辰巳(東南)に當て、細路五町(500m)計分入て菊水寺と稱する處有、其邊の田畠ともに、なべて此處悉く菊水寺と名付て呼こと久し。今も彼地に苔むせる礎の跡残り、疇昔此峠に賊住て往來の人 . . . 本文を読む
第三十二番 はんにゃ石船山法性寺。御堂四間四面南向。
本尊聖觀音 立像御長六尺二寸(187.9cm) 行基菩薩御作
當寺本尊の來由は、疇昔行基菩薩當郡所々の霊地を開闢せし時、當山にも觀世音を安置し奉らんと、御長六尺二寸に彫刻し、さしも峩々たる巌を一夜の中に穿て、本尊を安置し給へり。誠に巨霊人の手をか るにあらずんば、誰か能く此挙動をせんや。山を石船山と號す。又奥 . . . 本文を読む
「・・・密教にては涅槃は単寂の境にあらざることを明かさんとして北方涅槃をば五部(金剛界五仏の五智を表す分類。仏部・金剛部・宝部・蓮華部・羯磨部)の中には羯磨部に配しまたその中尊を不空成就佛と称し、その四親近(主要五佛の四方に配される菩薩)をば、業、護、牙、拳としていずれも活動を表示し、五智(法界体性智・大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)の中には成所作智に配す、またこれを胎蔵曼荼羅に依るも北方 . . . 本文を読む