日々の恐怖 6月7日 イカを釣る
今30の俺が小学生だった頃の話です。
夏休みの夜はしょっちゅう親父とイカ釣りに行っていた。
夜8時ぐらいから釣りを始めて、夜11時ごろには家に帰って、釣果のイカを砂糖醤油で甘辛く焼いて食べるのだ。
俺は親父とイカ釣りに行くのが大好きだった。
釣り場は近所の港にある、沖に向かって伸びる堤防だった。
子供の体感的には長さ500mぐらいあったと思うが、今見たらもっと短いかもしれない。
堤防の途中には『進入禁止』と書かれたフェンスがあったけど、フェンスはちょうど堤防分の幅しかなかったから、横から簡単に越えられた。
その先が俺らの釣り場だった。
夜まで起きていて良い&ほんとは入っちゃいけないところに入れるという非日常感に、当時の俺はワクワクしてしょうがなかった。
親父は『お前を連れてくると良く釣れるんだ』と言って笑ってくれた。
何の根拠もないけど、子供ながらに誇らしく嬉しいもんだった。
ある夜のこと、その日も親父に連れられてイカ釣りに向かった。
軽トラで田舎の県道を20分ほど走って、いつものさびれた漁港に入っていった。
水銀灯のオレンジの光で港はぼうっと照らされていたけど、堤防の方向は明りもなく暗かった。
軽トラを駐車して、堤防に向かった。
暗いけど、月明りでなんとなく周囲は見えた。
堤防を進む間、波がパコパコと堤防の下を叩いて、フナムシがサワサワと散っていく。
分かる人には分かるだろうか。たまんない非日常感である。
堤防には誰もいなかった。
親父はイカ釣りに使う疑似餌を糸に付け、俺に竿を持たせキャスト(投げる)させてくれた。
俺はすぐに海底に疑似餌を引っかけるもんだから、俺の役割はキャストだけで、巻き取るのは親父だった。
俺が投げ、親父が巻く。たまにイカがかかると俺に竿を持たせてくれる。
そんな釣りをしていた。
そうこうしてイカが2匹釣れた頃、
「 ラジオ忘れた、車からラジオ持ってくる。」
親父が言い、海に落ちるから歩き回るなよと強く言い含められた。
竿を預けられた俺は、任せろと言わんばかりの態度で親父を見送った。
しばらく経って、ぼけーっと寝っ転がって星空を見ていた俺は、視界にチラつく明りと足音に気付いた。
“ 親父かぁ~?思ったより早いな~。”
と思いながら向き直ると、顔をライトで照らされた。
「 釣れるの?」
冴えない風貌の若い男が2人立っていた。
太った男とガリガリの男だった。
「 2ひき釣れた。」
「 いいね、釣れてんだ。見せて。」
「 凄い、大きいじゃん。」
「 うわ~~~凄い。」
「 生きてる生きてる。」
何と言えばいいのだろう、妙に距離感が近い。
二人とも妙に距離感を詰めてくる、俺が苦手なタイプだ。
二人組はクーラーボックスに入ったイカをべたべた無遠慮に触って、わぁわぁ騒いでいた。
俺は、
“ お前ら誰だよ、触ってんじゃねえよ!”
と子供ながらに内心イラついていた。
ひとしきり騒いだ後、
「 で、誰が釣ったの?」
太った男が聞いてきた時だった。
「 どうも!!!」
妙に元気の良い答えが聞こえてきた。
予想外なことに、声の主は親父だった。
ラジオを持った笑顔の親父が二人組の後ろにいた。
「 いやぁ、このイカ、元気良いんです。
良かったら貰って下さい。」
親父はきらきらの笑顔で二人組にイカを渡しにかかった。
“ 俺の親父って、こんなにハキハキしたタイプだったかな?”
確かに営業職ではあったけど、
「 まあまあ、おいしいですから、どうぞ。
刺身もいいんですよね~。」
「 いや~、悪いですよ~。」
「 ねえ・・・・。」
と話す二人に、親父は白いビニール袋にイカを入れて持たせた。
「 いいんですよ。
あ、今、ホラ、ちょうど港に車が入って来たでしょう。
あれ友人なんですけど、あいつからイカ貰えることになってますんで、ホント、どーぞ、どーぞ。」
確かにちょうど港に入ってくるヘッドライトが見えた。
「 そうですか・・。」
「 じゃあ悪いけど・・。」
二人組はイカの袋をぶら下げて、海に向かって煙草を吸いだした。
「 ではこれで、いったん向こうに失礼しまっす!!!」
若造に愛想良く敬礼まで繰り出した親父は、釣り具をまとめ俺の手を引いて、港に向かって歩きだした。
“ ああ俺のイカが・・・、砂糖醤油が・・・、おやじぃ~~~。”
と異議を申し立てた表情をしてみたものの、親父はそっぽを向いていた。
フェンスを越え、港に戻ると、親父は入って来たその車に駆け寄り、運転手のオッサンと何事か話すと、その車はぐるっと引き返して港から出て行ってしまった。
“ イカもらうんじゃねーのかよ、おやじぃ~~。”
とブータレ顔の俺は親父に促され、軽トラに乗りこむと、俺たちも港から出てしまった。
“ おいっ、どういうつもりなんだぁ~?”
と聞こうとする俺に親父は謝りだした。
「 すまん。本当にすまん。
俺が甘かったんだ、俺が。
もう釣りはやめような。
もっと昼間に遊ぼう。
ごめんなぁ、ごめんなぁ・・。」
親父は目に涙を浮かべていた。
さっきの笑顔との落差に俺は何も言えなくなってしまった。
親父が語ってくれた。
“ さっきの車のオッサンは、偶然通りかかった他人で友人でも何でもないこと。
オッサンには、堤防に行かず帰るように促したこと。
二人組は、釣り道具を何も持っていなかったこと。
太った男の方が黒いバットを後ろに持っていたこと。
そして、最近、港近辺で金品絡みの暴行事件があったこと。”
それ以来、親父と釣りに行っていない。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ