日々の出来事 12月12日 一休さんって屁理屈を捏ねる扱い難い爺さんですね
今日は、一休さんが亡くなった日です。(1481年12月12日)
一休宗純は、室町時代の臨済宗大徳寺派の禅僧で、後小松天皇の落胤と言う話もありますが定かではありません。
一休は、幼い頃から僧として生活し、京都の大徳寺の華叟宗曇の弟子となりましたが、夜にカラスの鳴き声を聞いて突然悟りを啓きます。
華叟が印可状を与えようとしましたが辞退し、それ以降は詩·狂歌·書画と気ままな生活を送りました。
そして、その戒律や形式にとらわれない人間臭い生き方は民衆の共感を呼び、後の“一休頓智咄”に繋がって行きます。
1481年12月12日、京都の酬恩庵で“死にとうない”と言いながら、88才で一休宗純は亡くなりました。
一休宗純の墓はこの酬恩庵にありますが、宮内庁が御廟所として管理しているので、一般の参拝は不可能です。
なお、“一休頓智咄”は、200年後の江戸時代元禄年間に、いろいろな人の話や民間説話を一休さんの置き換えて創作された読み物で、史実とは言えません。
一休宗純
門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし
釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな
花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの
女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む
ハイ、この人が一休です。
↓
☆今日の壺々話
本願寺にて
「 お~い、蓮如~~!
マブダチの一休ちゃんが遊びに来てやったぞォ~!
また、街に出て遊ぼうぜェ~~、イエィ~~!!
イエィ~~!!
イエィ~~!!
イ・・・・・。
ん・・・、返事が無いぞ。
留守かな?
まあ、いいか。
ちょっと、上がって帰って来るのを待つか・・。
えっと、腹減ったなァ。
冷蔵庫に、何か食い物はないかなァ~。
あ、あった、あった!
パクパクパクパク。
チーズも食っちゃう。
パクパクパクパク。
あ~、腹が膨れたら眠くなって来たぞ。
ちょっと、寝るか・・。
えっと、枕、枕。
お、これがちょうどだ。
グ~、グ~、グ~、ムニャ、ムニャ、ムニャ。」
30分後、蓮如が帰って来ます。
「 武士の家に行くと疲れるなァ。
あ~、もう、疲れた・・・。
ありゃ、ぞうりがあるぞ・・・。
あ、ヤバイ。
このぞうりは、一休だ。
もう、マブダチとか言って押し掛けて来るんだから・・・。
また、ろくでもないことを仕出かしているかも・・・。
わっ、寝てる。
ひょえ~~~!
俺の持念仏の阿弥陀如来像を枕にしてるぅ~~!!
こら~~っ!」
「 あ、蓮如、帰って来たか!
さあ、遊びに行こうぜェ~、イエィ~~!!」
「 イエィ~~!!、じゃ無いよ。
俺の仏様を枕にして・・・。」
「 アハハハハハ、ちょうどいい膝枕だった・・・。」
「 ホント、もう・・・・。」
アニメ一休さん
アニメの一休さんの設定は、北朝の天皇と南朝方の公家の娘の間に出来た子供。
南朝系統の子がのちの天皇になるのと困るので将軍が仏門に入れさせる。
殺されるのを避けるため母親が仏門に入れたのだったかも。
お目付け監視に新右衛門をつける。
だったと思う。
一休さんの父親ではないか?と言われているのが「後小松天皇」。
後小松天皇は北朝の天皇だが、実質は足利義満(「一休さん」の将軍様)の傀儡だった(天皇に即位したのは6歳の時)。
さらに、その後小松天皇自体、足利義満の子ではないか?という仮説あり(By海音寺潮五郎)。
もし!もし、そうなると、将軍様にとって一休さんは「孫」にあたることになる。
だとすると、しょっちゅう金閣寺に呼び出してるのが「爺さんが孫を呼び出してる」って図式に…。
そういう目で見ると、そうにも見える!将軍様の甘々な態度にも納得がいく!
ちなみに、後小松天皇の父親の後円融天皇と足利義満の関係は同い年の従兄弟でもあり、なおかつ相当険悪で対立していたとか。
後小松天皇は、後円融天皇、足利義満が18歳の時に産まれてる。
一休さん
■第一話 毒
一休さんが台所を覗いてみると、和尚さんが一人でこっそり何かをなめていました。
一休「和尚さんそれは何ですか?」
和尚「うっ、一休!? こ、これは毒じゃ。子どもがなめると死んでしまう毒なんじゃ。」
一休(あれは水飴に違いない。和尚さんは僕たちに内緒で独り占めするつもりだったんだ・・・よーし。)
一休さんは一計を案じ、夜中にこっそり水飴をなめてしまいました。
一休「ウゲー! ウガッ!!」
和尚「いっきゅ―――ゥ!! いっきゅ―――ゥ!!」
■第二話 橋
ある日、一休さんと和尚さんは庄屋さんに呼ばれ、町に出かけました。
すると、橋の前に立て札がありました。
和尚「なになに、『このはし危険。渡るべからず』おお、一休。これはいけない。遠回りしていこう。」
一休「ははは。和尚さん。端がだめなら、真ん中を渡ればいいんですよ。」
ズボッ グシャァ アァァ―――――
和尚「いっきゅ―――ゥ!! いっきゅ―――ゥ!!」
■第三話 虎
一休さんと和尚さんは、今度は将軍様に呼ばれました。
何でも、屏風に描かれた虎が夜な夜な屏風から逃げ出し、悪さをするので捕まえて欲しいというのです。
一休「さあ、将軍様。わたしが虎を捕まえてごらんにいれます。早く虎を屏風から出して下さい。」
将軍「よし。わかった。」
グオー ガァー
ウギャ―――!!
ドボッ メキメキ ギチャッ
和尚「いっきゅ―――ゥ!! いっきゅ―――ゥ!!」
■第四話 ラオウ VS 一休
一休「私のとんちは生きるための武器なのです。」
ラオウ「武器だと?ならばうぬのとんちでこの拳王を止めてみせよ!!」
一休「わかりました。私が拳王様の考えてることを当てたら、この村を素通りしてくれますか?」
ラオウ「よかろう。」
ポク・ポク・ポク・ポク・・・チ―――ン。
一休「分かりました!」
ラオウ「ほう、言ってみよ。」
一休「拳王様はこの村を襲う気ですね。」
ラオウ「ん?」
一休「もしそうならば、当たりですので素通りしてください。違うならば、村を襲う気はないのでやっぱり素通りしてください。」
ラオウ「小賢しい小坊主め!この拳王に屁理屈は通用せんわ~!!ぬぅぅぅぅん!!!」
一休「もぺぇ~。」
日本昔話“根子岳の猫”
子供のころ見た日本昔話で、印象に残っている怖い話と言われた話です。
概略は、次のものです。
昔、猫をとってもかわいがってたおじいさんがいた。
長年一緒だったけど、ある日猫が行方不明になってしまう。
おじいさんはとても悲しんでいたけど、人から根子岳に行くと会えると聞いて行ってみた。
やっと着いたら夜になってしまった。
泊まる場所もなくて歩いてたら、一軒の家を見つける。
どうやら小さな宿で、出て来た人に訳を話して1泊させてもらうことになった。
食事を持ってきた若い娘はおじいさんを見て驚いて、昔お世話になった猫だと再会を喜んだ。
でもここにいてはいけない・・・と言う。
一緒に行こうというおじいさんに、娘は寿命だから・・・と言うが諦めきれないおじいさんは、せめて今夜だけでも一緒に過ごしたいと願い出る。
しかし、その宿は、死んだ猫が此の世とあの世とを分けるための場所で、生きた人が入ってきたら猫に変えられると説明するが、おじいさんは猫に変えられても一緒にいたいと聞かない。
娘は、食事には手を付けない事・お酒を飲まない事・風呂に入らない事、これが今夜出きれば朝人のままで帰れると言い、片付けに戻ってしまう。
他の猫達は何とかおじいさんを猫にしてやろうといろいろ言うが、おじいさんが聞かないと怒り出してしまった。
真っ暗な夜道をおじいさんは逃げ出した。
でもどっちに行っていいかわからず、迷ってしまう。
そこに娘の猫がきて、案内をしてくれた。
麓まで来た時、娘は本当に寿命が来たと倒れてしまった。
おじいさんは娘をじっと抱き、朝がくるまでそこで過ごした。
朝になって、娘はいなくなっていたが、昔つけてあげた鈴がおじいさんの手に残った。
おじいさんは、やっとあの猫が死んだことを理解し、鈴を持って帰って行った。
今日は残業の予定だったのが早く帰れることになった
今日は残業の予定だったのが早く帰れることになった。
帰宅し、おどかしてやろうかとほんの悪戯心で、音を立てないように細心の注意を払い、こっそり家の中へ。
したら嫁、何かふんふん歌いながら洗濯物たたんでたw。
しめしめと思い、そっと距離を詰めると、嫁が歌ってたのは“一休さんテーマソング”だった。
吹く寸前でこらえ、面白いので離れてしばらく聞いてたら、歌詞もめちゃくちゃだし、おかしくてもう俺、笑いの発作を止めるのに必死だった。
(ちなみに嫁は不思議ちゃんではなく、ごくごく普通人。だから余計面白かった。)
そして歌はラストの部分へ。
どうしめるのかと思っていたら、
「 好き好き好き好き好きっ好き♪あ・い・し・て・る♪
好き好き好き好き好きっ好き♪○、○、○(俺の名)♪
〇、○、○(俺の名)♪
たらったったったたー!♪」
なんか、
“ そうくんのか!”
って意表つかれるやら、ノリ良く後奏部分まで歌ってんのがおかしいやら、もう嫁が何かすげえ愛しいやら、でもおかしいやらで、こらえてたのが崩れ、もう一気に、
「 ふがっ!」
と吹き出してしまった。
そしたら、気が付いた嫁がまたものすごく驚いて、
「 フギャアァァァ!!!」(←本当にこう叫んだ。毛を逆立てる猫の如しだった。)
もう、なんか可愛くて愛しくて、
「 いつから~、いつから~!」
とジタバタ暴れる嫁を抱きしめて、しばらく爆笑した後、
「 俺も本当に愛してるよ!」
と言いました。
嫁、涙目顔真っ赤で、
「 も~!」
だって。
おしまい。
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