日々の恐怖 ワイの話 (9) バッバ1
同居してた父方のバッバの話や。
ワイはバッバが大好きやった。
いつも優しくて、音痴なワイにつきあって一生懸命歌を教えてくれた。
ワイは両親が共働きであんまり家におらんかったからバッバが親みたいなもんやった。
夕飯はいつもバッバが作ってた。
食い物には厳しくて、庭で育てた野菜は絶対残したらあかんかった。
昔の人やからほとんど和食中心やったけど、それはそれは美味かった。
バッバはワイが小6のとき交通事故で死んだ。
バッバは前日から体調が良くなかったが、それを押して、町で1つだけのスーパーに夕食の買い物に行った。
その帰り、これも町で1つだけの信号を赤で渡ってしまった。
先生の車で学校から病院に駆けつけたとき、もうバッバは息をしとらんかった。
親父がベッドにすがりついて泣くのを見たのは最初で最後やった。
ジッジはバッバの手を握っとったが、救命活動をやってくれてた医者に、
「 どげんもならんとですかな、わかりました。
もうよかですばい。」
と毅然と言った。
程なくして医者は時間を告げて、バッバは本当に死んでしまった。
叔父や伯母、親戚たちがすぐに病院に集まってきた 10人が10通りの驚きや悲しみ方をしたが、ワイは実感というものが全く湧かなくて、救急救命室って大したことないんやなとか、従兄弟と会うんは久しぶりやなとか思っとった。
だって朝ワイを笑顔で学校に送り出した人間が、目の前で頭を包帯で巻かれて横たわっとるこの人と同じとは思えへんかった。
頭じゃわかってても感情が追いつかない。
そっから通夜やら葬式やら慌ただしくて、依然としてバッバが死んだ実感が湧かないまま、とうとう火葬場まで来てしまった。
“ ここで泣かな、一生後悔する。”
ワイはそう思ったが、どうしてか涙が出てこん。
“ ここに横たわって安らかな顔をしている冷たい人はバッバ?
ほんまに?
ほんまにバッバなんか?“
逡巡しているうち、棺桶が炉に入れられた。
泣きっぱなしの叔母たちををジッジが叱り飛ばしても、みんなで干瓢巻きを食って思い出話をしても、真っ白で小さくなったバッバの骨が帰ってきても、ワイは泣けんかった。
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