大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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霧の狐道244

2009-07-15 19:43:02 | E,霧の狐道
 龍平は一人でエレベーターに進み、壁にある上マークのボタンを押した。
そして、振り返って、俺に向かって右手の親指を立ててニコッとした。
俺も右手の親指を立て、それに答えて頷いた。
 看護婦さんは、“オヤスミの挨拶”が終わったと判断して俺に言った。

「 じゃ、行くわよ!」
「 うん。」

俺は諦めて病室に戻るしかなかった。
 看護婦さんは俺の車椅子の向きをクルッと変えた。
そして、車椅子の後ろを押しながら3階の通路をトイレに進む。
俺は車椅子に座ったままで、体を捻って後ろを見ることは出来なかった。
 後ろで、“チーン”とエレベーターが到着する音がした。
龍平はエレベーターに乗り込んで屋上に行くだろう。

「 あっ!」
「 どうしたの?」
「 いや、ちょっと思い出したことがあって・・・。」
「 何を?」

俺はこの場を誤魔化した。

「 いいです。
 明日でも出来ることだし・・・・。」
「 そう・・・?」

でも、俺は心の中で“シマッタ”と思ったのだ。

“ 龍平にお守りを渡しておくべきだった!”

追い駆けて行った龍平が、無事に帰って来れるとは限らない。
 でも、もう手遅れだ。
看護婦さんに“持って行け”とも頼めない。
成り行きは龍平に任せるしかない。




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