日々の恐怖 12月9日 二つ目の玄関(2)
どうやら彼女の生まれた集落では、死者が彼女の家を訪ねることは、死者を送る一連の手順に含まれているようだ。
いや、送られるための手順といったほうが正確か。
死んでから四十九日を終えるまでの間に、彼女の家を訪れることで、迷わず向こうへ旅立てる。
そんな風習というか、思想のようなものを集落全体で共有している。
なにがどうなってそんな話になったのかは、誰も知らない。
知らないが、そういう考えがある以上、軽々に玄関を変えるのも気が引ける。
古い玄関を残したのは、そういう理由らしい。
「 ドアのほうには来ないんだ?」
「 そう。
なんでか知らないけど、古いほうだけ。」
昔は普通の客も死者もそちらに来たから、区別はできなかった。
今は、普通の客はドアのほうに来るのでわかりやすいらしい。
「 昔は嫌だったな~、お客さんが来るの。
おばけかどうか、開けるまでわかんないんだよ。」
「 別に、なにもないんだろ?」
「 ないけど。
でも、なんかやだ。」
「 まあ、わかる。」
見えなかろうが、いなかろうが、嫌なものは嫌だ。
たとえ見えなくても、そこにいるかもしれない。
たとえもういなくても、さっきまで確かにそこにいた。
そういうことが思い浮かんで、なんとも嫌な、うすら寒いような気分になる。
そもそも、訪ねてきているのは本当に故人なのだろうか?
開けても誰もいないのなら、その正体は謎のままのはずだ。
ただ、昔からそう言われており、実際集落で死者が出たときに現れるから、そうなのだろうと思っている。
実は、まったく無関係な別のなにかである、という可能性が否定できないのでは?
そんなことを考えると、少々寒気がした。
この話に関連して、鍵の話も聞いた。
件の玄関に取り付けられている、ねじ締り錠。
これは常にかけておかなくてはならない。
幼いころから、彼女は耳にたこができるくらいしつこく、そう言い聞かされたという。
人が来たときだけ開けて、用が済んだらすぐ締める。
開けっ放しにしておいてはいけない。
誰でも開けられるようにしておいてはいけない。
必ず、内の人間が開けるようにしておくこと。
「 そうじゃないとね、入ってきちゃうから。」
そういう理由だそうだ。
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