KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

覚えのない「傷」

2019年12月10日 | 俳句
天気 曇

ご近所のお宅に咲き残っている菊の花を撮らせてもらったのだが・・多分ピントが合っていない。実は、今日は左眼がぼんやりとしか見えなくなっている。(このブログの原稿は、字を大きくして打っている)
眩暈と息苦しさと左腕の痛さと・・これだけでも十分に辛い症状。その上、昨夜から視力がおかしくなった。左眼が、ぼんやりとしか見えなくなり、視野狭窄で不便な右眼しかまともには使えない。最初は暖房の乾燥のせいかと思い、点眼薬使ったり、ミネラルウォーターで洗ったり・・まったく解決しなかった。
朝になったら良くなるだろう、と思ったが、やはり同じ症状のままだ。今日の予定は全部やめて、眼科へ急いだ。もしかして急性の緑内障で失明する? 父が緑内障で私の生まれる前に隻眼になっていた。右眼が緑内障になったとき、父のように片目しか使えなくても生きていける、と覚悟したものだ。でも左眼は困る。

などと、かなり落ち込んで眼科へ。視力検査も最悪、白内障手術の前よりも見えなくなってしまった。そして診察・・
「あら、これでは見えないわね、ホホホ・・」と、先生、笑うのだ。診察の時に笑うことなどない先生が笑う、って何?
結果は、瞳の真ん中に傷がついていたのだ。パソコン画面の写真を見せてくれた。
「何か、覚えがあります?」
「いいえ。昨日から何だか痛い、とは思いましたけど、ゴミが入った記憶もありませんし」
目の中にゴミが入っていないか、念入りに診てくれたが何もないという。昨夜、洗った時に流れてしまったのかもしれない。異物があればもっと痛いはず。
「大丈夫、見えるようになりますよ、フフフ・・」
私が、失明しそうな深刻な顔をしていたのが可笑しかったのかも。軟膏の点眼薬を処方され、来週月曜にまた通院となった。ああ忙しい。

週末には四十九日の法要と納骨。それまでには何とか眩暈と視力だけは少しは良くなって欲しい。右眼だけでは、細かい文字のよく見えないのが困る。

病みし眼(まなこ)に残菊のまぶしさよ  KUMI
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寒い!

2019年12月09日 | 俳句
天気 曇

予報が外れて、昨日とさして変わらない寒さ。相変わらずの眩暈で、もううんざり。明日からはようやく暖かさが戻る、というものの、そうなれば又寒さが来たときに体調が悪くなる。眩暈の原因かも・・と耳鼻科へ行ったことがあって、結局、メヌエル氏病ではなかったから、単純に「眩暈」なのだろう。うんざり。
どうしても出かけねば、という用があって、午後には意を決して家を出た。用を足してから先日の内科通院で保険証を忘れていたのでそれを届け、隣の整形外科に寄る。曇天の外から医院へ入ると、胡蝶蘭の贅沢な色に少しだけ癒された。

昨日の散歩で、こんな猫に出逢った。




散歩に猫を連れて・・というのは何度か見たことがあるけれど「服を着た猫」は初めてだった。しかも、着ているものには、有名ジーンズメーカーのロゴが。高価そうな服、小型犬のものだろうか? 連れている奥様に断って写真を撮った。この猫、藪の中へどんどん入っていくので、そのまま自由な世界へ行きたいのかと思ったら、飼い主に呼ばれて振り向いた。
「大丈夫なのですよ、一人では遠くへ行きません」ですって。一人、ねえ・・
わが家の近所の、ノラのことを思った。寒くなっても暖房はないし、服も着せてもらえないし・・どちらが「幸せな猫」なのか?

眩暈して眩しき室の花の色  KUMI
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紅葉散歩

2019年12月08日 | お散歩写真
天気 晴

昨日は寒い寒い曇天、体調も最悪で、天気予報を見ながら今日の来るのを待ちに待った。
そして、今朝は富士山もすっきりと見えて快晴。体調も良くなるかと思ったのに眩暈は相変わらずのままだった。おまけに、左肩と二の腕の痛さは少しも良くならない。鍼は効いていない?もう少し通院して様子を見よう。

外へ出たら気分が良くなるかも・・と、カメラを持って重い腰を上げ、公園へ行ってみた。
家の中に居るよりは気分は良い。
1週間ぶりの公園、紅葉の色がようやく見ごろになっていた。それにしても遅い紅葉だ。銀杏も、まだ散りそびれている。そういえば、去年も12月になってから同じ紅葉を撮っていることを思い出した。でも、写真は今日のものです。














今年は雨の多い秋だったので、池の水がいつもの冬らしくなくたっぷり。今日は鴨がどこかへ行って一羽も居なかった。


眩暈を治めるため、少しベンチで日向ぼっこ。倒れたときのために、散歩でも買い物でも必ず持っているのが「ペースメーカー手帳」という手帳だ。病院の名前が解るから、これを見れば救急車はとんでもない病院へ運んだりはしないだろう。表紙が銀杏色。
ふと、その手帳に書かれた「緊急連絡先」が自宅になっていて、夫の名前なのを思い出してした。家に帰ったら書き換えなくては・・と。
帰路、散り残った桜紅葉を見上げたら、枝にはもう冬芽の蕾がびっしりだった。


冬来たりなば春遠からじ。春までには元気になりたい。夕方には来客もあるので、眩暈は家で我慢することにした。

穏やかな朝富士十二月八日  KUMI
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満天星(どうだん)紅葉

2019年12月06日 | 俳句
天気 曇

歳末の気候が続く。明日は雪になるかも・・などという寒さだ。
家の周りも葉っぱを落とした木々が目立つ中、建物(マンション)の出入り口の満天星が最後の紅葉となっている。日当たりが良ければもっと鮮やかな色になると思われるが、この一画だけは綺麗に色づいた。

昨夜遅く、突然の眩暈に襲われた。先月も同じようなことがあって、やはり天候の変る前だった。倒れる一歩手前の眩暈。倒れたらどうしよう?と思うけれど、その時はその時。すぐに症状は消えて、慌てて着替えて寝てしまった。そして、今日の午前中は朝から最悪の体調。時期外れの寒さが良くない。それでも、結社誌の締め切りが近いので何とか5句を推敲した。

昼食は、久々に冷凍讃岐うどんを使った。鶏肉と太葱としめじをたっぷり入れて。
写真を撮っておいたら、あらまあ、天井の蛍光灯の光がしっかりと写ってしまった。とにかく、食べ物の写真は下手だ。


夫がまた退院すると思うから、うどん玉を昼食用に5個も買ってしまった。蕎麦好きの夫でも、たまには私の好物のうどんもを食べてくれる。夫は東京生まれの東京育ち。蕎麦好きで、旅行や外出先の昼食には必ずのように蕎麦屋を探す。私は、蕎麦があまり好きではない。なぜなら、育った房総の地はには蕎麦なぞなくて、うどんを家で打って食べるような土地柄だった。母の打ったうどんしか知らぬまま、中学3年のとき父の転勤で香川県に住んだ。食料品店で買ったうどん玉のなんと美味しいこと・・その店で打ったものを売っていたのだ。後日、うどん作りは足で踏んでいるのを見てショックを受けた。でも美味しいから許すことにした。
町のうどん屋にも、母と入ったことがある。出汁のなんと美味しいこと。かつて母の作ったうどん汁の、醤油色の甘辛い味は何だったの?と。

ということで、讃岐うどん大好きになった私が、蕎麦なるものを初めて食べたのは高校の途中で東京へ出てきてからのこと。確か、勤め始めてから職場の食堂で食べたのが初めてのように思う。不味かった。うどんにすれば良かった、と反省したものだ。
不運なことに、結婚したら夫は蕎麦人間だった。私も、美味しい蕎麦なら食べても良い、と思うようになった。そんな店が全国に何軒かある。でも、もう行くこともないだろうし、出来ることならまた、本場の讃岐うどんを食べたい。
・・などと思いながら、昼食のうどんを美味しくいただいた。

底冷や花屋まぶしき花ばかり  KUMI
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りんごの砂糖煮・・になっちゃった

2019年12月05日 | 俳句
天気 晴

腕の痛みが出て、色々としたいことが停滞することとなった。夫の治療が始まってから、家の中が全く片付いていない・・少しは何とかしたい、と考えていたのもやめた。とりあえず、お供物に頂いた巨大な林檎を何とかしなくては。昨日また、林檎を頂いたので古いものは片付けないと。何しろ巨大で、大勢のお客でもないと切り分ける訳にはいかない。そんなお客も、もう来る予定はない。
ということで、先日は巨大な梨の食べ残しをジャムにした。ならば林檎も。

皮を剥こうと思ったが、結構左腕にも負担がかかる。面倒、とばかり皮つきのままざく切りにして、いつものように最初は電子レンジで柔らかくしてから煮よう、と。ところが、電子レンジ用の容器では三度か四度に分けないと出来ない。鍼灸の予約まで1時間しかないから、電子レンジ用の圧力鍋を使うことにした。砂糖をまぶして10分。これで柔らかくなったはず・・と思ったら・・
あらまあ、逆に固くなってしまった。考えると、この鍋、水を入れての料理用なので、水なしのジャムには向いていなかったのだ。林檎の水分が全部出てしまい、写真の状態に。
仕方ないので、そのまま少し煮詰めた。「砂糖煮」ということにして、ヨーグルトにでも入れて食べよう。

ベランダに唯一咲くミニシクラメン。


その上に切干大根を干している。やっぱり1本を一人で食べきるのは大変だ。半分を干すことにした。三段の網は梅3㎏の梅干しが干せる。今年は無論、余裕がなくて作らなかった。使わないのがもったいない網。


この大根も、千切りにするには結構左手の力を使う。以前、きんぴら用に人参やゴボウを細切りに出来る、という皮むき器みたいのを買って、結局包丁の方が早いからと使わないものがあった。まな板の上に寝かせた大根を撫でると、スイスイと太めの千六本になることが判明した。
使わない道具が少しは使えた日だった。

金色に雲を染めたる冬夕焼   KUMI
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