寄地区は、松田町役場の北約6kmのところ
国道246号線の寄入口信号から県道710号線を北へ進みます
寄地区に入ってしばらく県道を進みます、寄中学校・小学校の入り口に杉の巨木が立っています
南向きに寄神社が鎮座する参道の入り口鳥居のすぐ東側です
鳥居脇から境内に入って小学校側に
車を止めさせて頂きました

寄地区に入り暫く進むと道路正面に杉の巨木が見えて来ます

支所前バス停です


大スギの東側には寄中学校です


中学校の同じ校庭の北側には寄小学校です



寄神社参道入口の鳥居脇に目的の大スギです





近付きました、注連縄が巻かれています

説明版です
大スギ
昭和46年4月1日松田町文化財指定
寄神社の社頭にあり、目通り周囲5.87m、樹高約33.0m、推定樹齢550年、地上12mのところでいくつかの大枝に分岐し四方に大きく広がっている姿は、堂々として迫力があり、昭和60年に神奈川の名木100選に選ばれた。
昔は現診療所際のカヤの木と神社石段左側の欅と、この大杉とを宮下の三大木と称せられた。残存の一本とは言え、千年の緑をたたえ、樹勢ますます旺盛なところにあやかって寄小学校・中学校校歌及び応援歌の一節に歌われる名木である。
松田町教育委員会

かながわの名木百選です





西側から

社殿にお参りに行きましょう

山門前から参道を振り返りました

拝殿です

拝殿前左手に、主幹を切られたイチョウの巨木です



南側から

説明版です
大銀杏
目通り周囲6.25m、樹高5m、推定樹齢約七百年。
建久3年(1192年)8月9日、時の鎌倉幕府将軍源頼朝の正室政子御台所安産祈願の為、相模の二十数社寺に特使を参拝させた(歴史書吾妻鏡に記載)とあるが、当寄神社(当時は弥勒寺という寺院であった)もその中に含まれる。その折り、記念の為本銀杏を植樹されたもの(樹齢からして疑問もあるが)と古来伝えられる。
江戸時代後期の文政6年(1823年)、旅人の焚火による堂宇焼失の際、本銀杏も一部類消失したが、再び樹勢を取り戻し、神木としての偉容を保っていた。
しかしながら、惜しくも平成25年(2013年)10月、台風26号の強風、強雨により根元より倒木した。
倒木前は、樹高30m、枝張り12mほどもあり、古き歴史を物語る地域のシンボルであった。この由緒ある巨木を失うことは忍びがたく、地域の多くの日人々の大銀杏再生の願いにより、直ちに幹の上部を大幅に切りつめ、根本に適正な処置を施し、元の場所植え直された。
その後は何とか枝葉の緑も保たれ、現在に至っている。
松田町教育委員会


拝殿前から見ました、根元には鳥居が置かれています


本殿です、幣殿が無い構造のようです
では次へ行きましょう
国道246号線の寄入口信号から県道710号線を北へ進みます
寄地区に入ってしばらく県道を進みます、寄中学校・小学校の入り口に杉の巨木が立っています
南向きに寄神社が鎮座する参道の入り口鳥居のすぐ東側です
鳥居脇から境内に入って小学校側に


寄地区に入り暫く進むと道路正面に杉の巨木が見えて来ます


支所前バス停です



大スギの東側には寄中学校です



中学校の同じ校庭の北側には寄小学校です




寄神社参道入口の鳥居脇に目的の大スギです






近付きました、注連縄が巻かれています


説明版です
大スギ
昭和46年4月1日松田町文化財指定
寄神社の社頭にあり、目通り周囲5.87m、樹高約33.0m、推定樹齢550年、地上12mのところでいくつかの大枝に分岐し四方に大きく広がっている姿は、堂々として迫力があり、昭和60年に神奈川の名木100選に選ばれた。
昔は現診療所際のカヤの木と神社石段左側の欅と、この大杉とを宮下の三大木と称せられた。残存の一本とは言え、千年の緑をたたえ、樹勢ますます旺盛なところにあやかって寄小学校・中学校校歌及び応援歌の一節に歌われる名木である。
松田町教育委員会

かながわの名木百選です






西側から


社殿にお参りに行きましょう


山門前から参道を振り返りました


拝殿です


拝殿前左手に、主幹を切られたイチョウの巨木です




南側から


説明版です
大銀杏
目通り周囲6.25m、樹高5m、推定樹齢約七百年。
建久3年(1192年)8月9日、時の鎌倉幕府将軍源頼朝の正室政子御台所安産祈願の為、相模の二十数社寺に特使を参拝させた(歴史書吾妻鏡に記載)とあるが、当寄神社(当時は弥勒寺という寺院であった)もその中に含まれる。その折り、記念の為本銀杏を植樹されたもの(樹齢からして疑問もあるが)と古来伝えられる。
江戸時代後期の文政6年(1823年)、旅人の焚火による堂宇焼失の際、本銀杏も一部類消失したが、再び樹勢を取り戻し、神木としての偉容を保っていた。
しかしながら、惜しくも平成25年(2013年)10月、台風26号の強風、強雨により根元より倒木した。
倒木前は、樹高30m、枝張り12mほどもあり、古き歴史を物語る地域のシンボルであった。この由緒ある巨木を失うことは忍びがたく、地域の多くの日人々の大銀杏再生の願いにより、直ちに幹の上部を大幅に切りつめ、根本に適正な処置を施し、元の場所植え直された。
その後は何とか枝葉の緑も保たれ、現在に至っている。
松田町教育委員会


拝殿前から見ました、根元には鳥居が置かれています



本殿です、幣殿が無い構造のようです

では次へ行きましょう