ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

茨城県潮来市、築地「妙光寺のカヤ」(市指定)です!!

2024-12-20 06:30:53 | 巨樹・大木
 築地地区は、潮来市役所の北約4kmのところ

 潮来市役所南東側の国道51号線潮来バイパスを北東へ進みます

 約900mの「須賀」信号を左(北)へ、県道50号水戸神栖線です

 約2.1kmで「鉾田・県道187号線⇒」の標識に従って、信号を左へ

 カーブして坂道を登って、丁字路を左(北東)へ、県道50号線の上を越えます

 約600mで「妙光寺参道」の看板の先を斜め右(北東)へ

 約400mで丁字路を右(東)へ

 すぐ左に、妙光寺の参道が南向きに開いています

 すぐ先の左側(北側)庫裡の入り口に駐車場があります


 日蓮宗 本圀山 妙光寺です

 山門をくぐって参道を進みます

 右手の土手の上に本堂の屋根と境内に太い幹が見えます

 さらに石段を上がります

 石段の中段から右手(東側)の本堂前境内に目的のカヤです

 北側から

 東側から、推定樹齢600年、目通り幹囲4.0m(目測)の大木です

 「妙光寺のカヤ」の天然記念物標柱です

 南側から見上げました

 本堂です

 説明版です
    本圀山妙光寺
 この寺は文永2年(1265)、宗祖日蓮大聖人の直弟子、中老僧一乗阿闍梨日門上人の開基、当時隣村の水原村に居住していた油井但馬守国光、横山遠江守勝光が鎌倉参勤の際、日門上人を招請し一宇を創立したのが始まりである。
 即ち本圀山妙光寺と号し、常陸国最初の日蓮宗の古刹である。
 その後、正応3年(1290)中道院日正上人によって現在地に移転される。
 往昔は朱印等があったが、記書消失のため上地となるなど一時退転の形勢となりまいしゃが、16世日遥上人の時、代官矢野九郎右衛門、郡奉行萩原庄右衛門、芦澤伊賀守、三木五兵衛等の力により水戸藩から費用を仰いで9間27間の客殿を建立した。
 元禄12年(1699)19世徳大院日具上人の時、徳川光圀公より費用を下附され4間4面の本堂を造営した。
 堂内の日蓮大聖人の御尊像も同時に奉納され、また法華三昧堂の正面の額は光圀公自筆の書である。
 20世日孝上人の時、徳川綱條公より祈祷料として玄米50俵を下附された。
 現在の本堂は、寛永年間(1624~1643)の再建にして、寺宝には、日蓮聖人直筆の御本尊並びに御消息断片、日門上人直筆御本尊、徳川光圀の書簡、光圀拝領の蒔絵法衣箱、状箱、硯箱、紺紙金泥法華教開結10巻などがある。
 行事に、春秋彼岸会、盂蘭盆施餓鬼会、4月28日の開宗会、10月13日のお会式法要、冬至の星祭法要がある。
           (41世住職 遠山 友隆)
        記
 市指定文化財   建造物   法華三昧堂   
          天然記念物 カヤの木
   平成30年9月     潮来市教育委員会

 さらに参道石段を上って見ました

 法華三昧堂です

 市指定文化財(建造物)標柱です

 さらに上への参道を進みます

 御堂がありますが、お名前が分かりませんでした

 では、次へ行きましょう



 2024・12・12・09・50

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