このところ 天気の悪い日が続いていた。 世間ではあまり話題にならなかったが、
小生は大変気にしていた。それは日差し、田畑の作物にとっての「日照不足」を心配していた
からに他ならない。 このところ二日おきくらいに 郊外に出る機会があって田んぼの様子を見ること
が続いたら 見る毎に 緑の勢いが増し、稲も大豆もどんどん元気になってゆくのは うれしい見ものだった。
今日本では飢饉ということを まず考えなくなったが こんなことはほんの戦後からのことだということを忘れてはいけない。
水不足はもちろん困るが、それは都市生活に響くから騒動する(特にマスコミが)のであって
「日照りに凶作なし」というのは昔からの言葉であって、本当に怖いのは多雨、即ち「日照不足」による
生育不足、「青立ち」だということを 都市生活人は知らない。こういう「生産からの(関心の)乖離」が食料自給率を下げ
たも平気な「鈍感人」(経済界、官僚のトップで農家出身は居るまい)が大きな顔をすることになるのだと思う。
元々百姓志願で 転進のきっかけをつかみそこねて 年を取ってしまった小生は でも関心だけは持ち続けなければと思っている。
そして 一昨日晴天、9時半から1時半まで「204号」の外作業をしたら、腕も顔も真っ赤。さほど暑いとは感じなかったが
結果は結果。9月といえども日差しは侮れない。
小生は大変気にしていた。それは日差し、田畑の作物にとっての「日照不足」を心配していた
からに他ならない。 このところ二日おきくらいに 郊外に出る機会があって田んぼの様子を見ること
が続いたら 見る毎に 緑の勢いが増し、稲も大豆もどんどん元気になってゆくのは うれしい見ものだった。
今日本では飢饉ということを まず考えなくなったが こんなことはほんの戦後からのことだということを忘れてはいけない。
水不足はもちろん困るが、それは都市生活に響くから騒動する(特にマスコミが)のであって
「日照りに凶作なし」というのは昔からの言葉であって、本当に怖いのは多雨、即ち「日照不足」による
生育不足、「青立ち」だということを 都市生活人は知らない。こういう「生産からの(関心の)乖離」が食料自給率を下げ
たも平気な「鈍感人」(経済界、官僚のトップで農家出身は居るまい)が大きな顔をすることになるのだと思う。
元々百姓志願で 転進のきっかけをつかみそこねて 年を取ってしまった小生は でも関心だけは持ち続けなければと思っている。
そして 一昨日晴天、9時半から1時半まで「204号」の外作業をしたら、腕も顔も真っ赤。さほど暑いとは感じなかったが
結果は結果。9月といえども日差しは侮れない。