(2012年8月20日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
もしオリンピックのハードル競技で企業がメダルを争えたならば、トラックで試練を積み、すねがあざだらけの日本の製造業は、最近の試合に強豪を何社も出場させていただろう。
■前進する自動車、どん底の電機
トヨタ自動車など国内自動車メーカーは利益を伸ばしている=ロイター
5年前に世界経済が崩壊して以来、トヨタ自動車やソニーなどの日本企業は果てしなく続くかに見える障害にぶつかってきた。需要の落ち込みや輸出を台無しにする円高に加え、国内では震災とエネルギー危機に見舞われ、タイでは主要供給拠点が洪水に襲われた。その間もずっと、韓国のサムスン電子や現代自動車、復活した米国自動車業界などとの競争は激化してきた。
ところが最近、日本代表チームは成績の差で2つに割れている。電機メーカーと並び日本の製造業の2本柱を成す自動車メーカーは前進している。今年度の第1四半期(4~6月期)に日本のすべての自動車メーカーは利益を上げ、日産自動車を除く全社が1年前と比べて純利益を伸ばした。
対照的に、家電業界の大半はトラックに倒れている。ソニー、パナソニック、シャープの3社は2012年3月期に合計1兆6000億円の赤字を計上。今年4~6月期には大手8社中5社が赤字となった。
シャープは今月、前期の3760億円の赤字に続き今期の最終損失が2500億円になるとの予想を発表。人員削減やテレビの販売目標の下方修正で他社に追随した。
「ハイテク株の良いポートフォリオは今、基本的に日本企業すべてを売り持ちにしているだろう」。CLSAのアナリスト、アトゥル・ゴヤル氏はこう言い、シャープなどのリストラは一時しのぎの策だと一蹴する。「これらの企業は、現実的な経営ビジョンや事態を好転させる能力を全く示していない」
■円高のせいにはできない
自動車業界とのコントラストは株価に表れている。自動車株と電機株はともに、今春に上昇相場を演じた後、再度の円高進行と足並みをそろえて下落してきた。だが、東証株価指数TOPIXの輸送用機器指数が年初より約11%高い水準にあるのに対し、電気機器指数は約10%下落した。
ソニーやパナソニックなど、消費者向け製品の比重が最も高い電機大手は、世界金融危機が始まって以来、時価総額を最大で85%も失い、現在は数十年ぶりの安値で取引されている。
ソニーなど電機大手は巨額の赤字を計上した=AP
電機メーカーにとって、自動車メーカーとの相違がもたらす厄介な影響は赤字を円高のせいにしにくいことだ。金融危機が始まって以来、円は主要通貨に対して50%上昇し、輸出の採算は合わなくなり、海外収入は目減りした。
ソニーは昨年、円高のせいで、同社の試算では320億円の潜在的な営業利益を失った。だがトヨタでは、円高はその8倍近い2500億円の減益要因となった。ソニーのほぼ3倍に上る売上高を考慮しても、やはりトヨタの方が負担は大きい。
■タイミングの問題か
明暗を分けた理由はタイミングとする説もある。世界の自動車販売台数は世界金融危機が始まった時に特に急激に落ち込み、米国市場は2007年の1600万台から2009年の1000万台に激減した。自動車メーカーは早急なコスト削減と事業再編を余儀なくされた。
今やサイクルは上昇に転じ、米国や日本などの大市場では繰り延べされた需要の波に乗って販売が回復している。6月に米国の自動車販売台数は前年同月比で2割強増加した。
対照的に多くの電機メーカーはリストラを先送りできたが、今になって景気循環の難局に陥った。とりわけテレビメーカーは、販売の減少と、加速する液晶ディスプレーの価格下落に苦しんでいる。
だが、タイミングがすべてではないはずだ。自動車業界の最悪期――例えばトヨタが60年ぶりの最終赤字を発表した2009年でさえ、日本の自動車メーカーは、現在ハイテク業界の一部を覆う深刻な悲観論を免れた。ソニーやパナソニック、シャープが現在進める大幅な削減と異なり、日本の自動車工場の人員と生産の調整はおおむね一時的で済んだ。
■理由は製品そのものに
一部のハイテク企業にとって、もう1つ、もっと辛い説明がある。現在の苦境の根本的な原因は各社の製品そのものという説だ。
ゴールドマン・サックスのアナリストらは「主要な(家電)製品は中期的にコモディティー(汎用品)になるという、構造上の問題がある」と指摘する。
言い換えると、いまだに大きく複雑な機械の自動車には消費者は上乗せ価格を払う気がある一方で、薄型テレビはますます製品間の区別がつかなくなっているのだ。今のハイテク界の勝者が、アップルなどソフトウエアやデザインの革新者と、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業といった低コストの巨大ハードウエアメーカーだとすれば、日本企業は採算の合わない中間地点で身動きできずにいる。
■消費者に依存するほど負け戦
日本勢は事態を好転できるのか?逆説的だが、ここではブランドの認知度と楽観論は反比例する傾向がある。テレビやビデオカメラといった消費者向け製品に対する依存度が高いほど、工場用ロボットやエレベーターの場合と対照的に、会社の見通しは暗くなる。
例えば、シャープが売上高の60%をテレビから得ているのに対し、売上高で日本最大の電機メーカーである日立製作所は、家電製品全部を足しても売上高の10%に満たない。残りは、発電所や採掘装置、新幹線など、利益を維持できた分野から得ている。日立は2009年に始めた高くつくリストラを経て、業界のトレンドに抗い、過去2年間黒字を出した。
「すべての会社が頼みの綱となる、その他の事業を持つわけではない」とCLSAのゴヤル氏は指摘する。
頼れる事業がない企業は、価値の高い隙間市場に焦点を絞ることがカギと同氏は語る。レンズ交換式カメラの上位機種でのニコンなど、それを達成できた企業は一握りしかない。「残りの企業については楽観的になれない。彼らは負け戦を戦っている」
By Jonathan Soble
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
もしオリンピックのハードル競技で企業がメダルを争えたならば、トラックで試練を積み、すねがあざだらけの日本の製造業は、最近の試合に強豪を何社も出場させていただろう。
■前進する自動車、どん底の電機
トヨタ自動車など国内自動車メーカーは利益を伸ばしている=ロイター
5年前に世界経済が崩壊して以来、トヨタ自動車やソニーなどの日本企業は果てしなく続くかに見える障害にぶつかってきた。需要の落ち込みや輸出を台無しにする円高に加え、国内では震災とエネルギー危機に見舞われ、タイでは主要供給拠点が洪水に襲われた。その間もずっと、韓国のサムスン電子や現代自動車、復活した米国自動車業界などとの競争は激化してきた。
ところが最近、日本代表チームは成績の差で2つに割れている。電機メーカーと並び日本の製造業の2本柱を成す自動車メーカーは前進している。今年度の第1四半期(4~6月期)に日本のすべての自動車メーカーは利益を上げ、日産自動車を除く全社が1年前と比べて純利益を伸ばした。
対照的に、家電業界の大半はトラックに倒れている。ソニー、パナソニック、シャープの3社は2012年3月期に合計1兆6000億円の赤字を計上。今年4~6月期には大手8社中5社が赤字となった。
シャープは今月、前期の3760億円の赤字に続き今期の最終損失が2500億円になるとの予想を発表。人員削減やテレビの販売目標の下方修正で他社に追随した。
「ハイテク株の良いポートフォリオは今、基本的に日本企業すべてを売り持ちにしているだろう」。CLSAのアナリスト、アトゥル・ゴヤル氏はこう言い、シャープなどのリストラは一時しのぎの策だと一蹴する。「これらの企業は、現実的な経営ビジョンや事態を好転させる能力を全く示していない」
■円高のせいにはできない
自動車業界とのコントラストは株価に表れている。自動車株と電機株はともに、今春に上昇相場を演じた後、再度の円高進行と足並みをそろえて下落してきた。だが、東証株価指数TOPIXの輸送用機器指数が年初より約11%高い水準にあるのに対し、電気機器指数は約10%下落した。
ソニーやパナソニックなど、消費者向け製品の比重が最も高い電機大手は、世界金融危機が始まって以来、時価総額を最大で85%も失い、現在は数十年ぶりの安値で取引されている。
ソニーなど電機大手は巨額の赤字を計上した=AP
電機メーカーにとって、自動車メーカーとの相違がもたらす厄介な影響は赤字を円高のせいにしにくいことだ。金融危機が始まって以来、円は主要通貨に対して50%上昇し、輸出の採算は合わなくなり、海外収入は目減りした。
ソニーは昨年、円高のせいで、同社の試算では320億円の潜在的な営業利益を失った。だがトヨタでは、円高はその8倍近い2500億円の減益要因となった。ソニーのほぼ3倍に上る売上高を考慮しても、やはりトヨタの方が負担は大きい。
■タイミングの問題か
明暗を分けた理由はタイミングとする説もある。世界の自動車販売台数は世界金融危機が始まった時に特に急激に落ち込み、米国市場は2007年の1600万台から2009年の1000万台に激減した。自動車メーカーは早急なコスト削減と事業再編を余儀なくされた。
今やサイクルは上昇に転じ、米国や日本などの大市場では繰り延べされた需要の波に乗って販売が回復している。6月に米国の自動車販売台数は前年同月比で2割強増加した。
対照的に多くの電機メーカーはリストラを先送りできたが、今になって景気循環の難局に陥った。とりわけテレビメーカーは、販売の減少と、加速する液晶ディスプレーの価格下落に苦しんでいる。
だが、タイミングがすべてではないはずだ。自動車業界の最悪期――例えばトヨタが60年ぶりの最終赤字を発表した2009年でさえ、日本の自動車メーカーは、現在ハイテク業界の一部を覆う深刻な悲観論を免れた。ソニーやパナソニック、シャープが現在進める大幅な削減と異なり、日本の自動車工場の人員と生産の調整はおおむね一時的で済んだ。
■理由は製品そのものに
一部のハイテク企業にとって、もう1つ、もっと辛い説明がある。現在の苦境の根本的な原因は各社の製品そのものという説だ。
ゴールドマン・サックスのアナリストらは「主要な(家電)製品は中期的にコモディティー(汎用品)になるという、構造上の問題がある」と指摘する。
言い換えると、いまだに大きく複雑な機械の自動車には消費者は上乗せ価格を払う気がある一方で、薄型テレビはますます製品間の区別がつかなくなっているのだ。今のハイテク界の勝者が、アップルなどソフトウエアやデザインの革新者と、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業といった低コストの巨大ハードウエアメーカーだとすれば、日本企業は採算の合わない中間地点で身動きできずにいる。
■消費者に依存するほど負け戦
日本勢は事態を好転できるのか?逆説的だが、ここではブランドの認知度と楽観論は反比例する傾向がある。テレビやビデオカメラといった消費者向け製品に対する依存度が高いほど、工場用ロボットやエレベーターの場合と対照的に、会社の見通しは暗くなる。
例えば、シャープが売上高の60%をテレビから得ているのに対し、売上高で日本最大の電機メーカーである日立製作所は、家電製品全部を足しても売上高の10%に満たない。残りは、発電所や採掘装置、新幹線など、利益を維持できた分野から得ている。日立は2009年に始めた高くつくリストラを経て、業界のトレンドに抗い、過去2年間黒字を出した。
「すべての会社が頼みの綱となる、その他の事業を持つわけではない」とCLSAのゴヤル氏は指摘する。
頼れる事業がない企業は、価値の高い隙間市場に焦点を絞ることがカギと同氏は語る。レンズ交換式カメラの上位機種でのニコンなど、それを達成できた企業は一握りしかない。「残りの企業については楽観的になれない。彼らは負け戦を戦っている」
By Jonathan Soble
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.