経営再建中のシャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下で立て直しを図る方向で本格協議に入った。鴻海とともに支援に名乗りを上げた官民ファンドの産業革新機構と、所管官庁の経済産業省はシャープの事業を“手駒”にして国内電機業界の再編に乗り出す戦略を描いていた。シャープも革新機構の支援を受ける方向だったが、土壇場の翻意で、そのシナリオは崩壊寸前だ。逆にシャープが外資傘下となって日本メーカーに牙をむく恐れも浮上し、日本の人材や技術を結集する「日の丸連合」構想は実現が遠のいた。(橋本亮)
事業統合に未練
「1足す1が2以上になる。相乗効果はある。日本連合で戦うべきだと思う」
8日の記者会見後、革新機構傘下の中小型液晶パネル大手、ジャパンディスプレイ(JDI)の本間充会長兼最高経営責任者(CEO)は、報道陣の取材に対しシャープとの統合に未練を隠さなかった。
革新機構は、シャープ本体に出資して経営権を取得した後、液晶事業をJDIと統合させる計画だった。
会見で、本間会長はシャープが鴻海傘下で再建を目指す方向となったことに、「一喜一憂はしていない」と強調し、単独で事業強化を進める考えを表明した。「シャープを競争相手として分析している」と説明したが、「多少の影響は出てくる」(革新機構幹部)との懸念は拭いきれない。
シャープとJDIは、中国のスマートフォンメーカーや米アップルの「iPhone(アイフォーン)」向けの液晶パネル供給で火花を散らすライバルだが、韓国のサムスン電子やLG電子を含め、世界市場でのシェア獲得競争は激しさを増す。
「シャープの生産技術が第三国に流れると脅威になる」(本間会長)との強い危機感も、経産省や革新機構がシャープとJDIの統合による“日の丸液晶”戦略を描いた背景にある。
鴻海の郭台銘会長は「資金を投入し、設備などに投資したい。シャープの液晶を再び世界でナンバーワンにする」と意気込む。
シャープは、高い技術力を持ちながらも経営状況の悪化から大規模な投資に踏み切れずにいた。しかし、今後は鴻海の豊富な資金力や販売網などを武器に、一気に攻勢をかける可能性が大きい。そうなれば、JDIが窮地に立たされかねないのだ。
日本勢の脅威に
シャープは液晶以外に家電や複合機など多様な製品を手がけており、各事業が鴻海の支援で競争力を高めると、多くの分野で日本メーカーの脅威となりうる。
そもそも経産省は、国内メーカー同士がしのぎを削り、経営体力を消耗させる構造を変え、韓国が産業界を再編成して競争力を高めた先例にならって、液晶や白物家電などの分野ごとに「日の丸連合」をつくる野心的な構想をもっていた。
日本の産業政策は「東アジアの奇跡」と称賛される戦後の経済復興と高度成長を下支えしたが、バブル崩壊で精彩を失った。とりわけ、電機業界は韓国や中国など新興国勢の台頭で存在感が急低下し、液晶や家電分野で後塵(こうじん)を拝していた。
日本メーカーの苦境に危機感を強めた経産省と革新機構はシャープの液晶事業をJDIと統合する一方、冷蔵庫など白物家電の事業を東芝の同事業と統合も検討し、家電などあらゆる機器をインターネットでつなぐ「インターネット・オブ・シングス(IoT)」の関連技術や産業を育てる構想を温めていた。
革新機構はこれまでにソニーと東芝、日立製作所の中小型液晶事業を統合したJDIや半導体のルネサスエレクトロニクス、ソニーとパナソニックの有機EL部門の統合会社へ出資している。技術や開発資金、人材を結集させた「日の丸連合」で海外勢に対抗する戦略をシャープの支援にも活用しようともくろんだ。
シャープと主力取引銀行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行がぎりぎりまで革新機構の提案を受け入れる方向で調整を進めていたことから、革新機構の志賀俊之会長は「今年は日本の産業の再編元年になる」と構想の実現に自信をのぞかせていた。
シナリオ瓦解
ところが、鴻海の巻き返しにより状況は一変した。4日のシャープの取締役会直前に、買収額を6千億円強から7千億円規模に引き上げたのだ。革新機構は3千億円の出資に加えて2千億円の融資枠も設定した。主要取引銀行による3500億円の債務削減を提案したが、鴻海側は、事業や雇用の維持、主力取引銀行に金融支援を要請しないことも示しており、内容的に有利に立った。
金融機関関係者は「シャープを丸ごと買い取り、雇用維持も約束した鴻海案は『救済』、革新機構はあくまで『支援』だ。この差は大きかった」と明かす。
シャープは社外取締役を中心とした「解体につながる」との反発に加え、主力取引銀行も「経済合理性では鴻海案だ」(幹部)との考えに傾いたことなどから土壇場で方針を転換した。革新機構はシャープとの協議を続けているが、出資額の引き上げなどは難く、起死回生は見込みづらい。リストラなどをめぐって認識の違いが表面化してきたシャープと鴻海の交渉決裂という“敵失”を待っているのが現状のようだ。
このままシャープの鴻海傘下入りが決まれば、電機業界の再編は宙に浮く。
東芝の室町正志社長は4日の記者会見で、「(シャープとの交渉が)成立しない場合には(白物家電事業は)海外メーカーへの売却も選択肢だ」と述べた。
鴻海によるシャープの買収が、電機業界も外資によるM&A(企業の合併・買収)を積極的に受け入れるきっかけになるかもしれない。
事業統合に未練
「1足す1が2以上になる。相乗効果はある。日本連合で戦うべきだと思う」
8日の記者会見後、革新機構傘下の中小型液晶パネル大手、ジャパンディスプレイ(JDI)の本間充会長兼最高経営責任者(CEO)は、報道陣の取材に対しシャープとの統合に未練を隠さなかった。
革新機構は、シャープ本体に出資して経営権を取得した後、液晶事業をJDIと統合させる計画だった。
会見で、本間会長はシャープが鴻海傘下で再建を目指す方向となったことに、「一喜一憂はしていない」と強調し、単独で事業強化を進める考えを表明した。「シャープを競争相手として分析している」と説明したが、「多少の影響は出てくる」(革新機構幹部)との懸念は拭いきれない。
シャープとJDIは、中国のスマートフォンメーカーや米アップルの「iPhone(アイフォーン)」向けの液晶パネル供給で火花を散らすライバルだが、韓国のサムスン電子やLG電子を含め、世界市場でのシェア獲得競争は激しさを増す。
「シャープの生産技術が第三国に流れると脅威になる」(本間会長)との強い危機感も、経産省や革新機構がシャープとJDIの統合による“日の丸液晶”戦略を描いた背景にある。
鴻海の郭台銘会長は「資金を投入し、設備などに投資したい。シャープの液晶を再び世界でナンバーワンにする」と意気込む。
シャープは、高い技術力を持ちながらも経営状況の悪化から大規模な投資に踏み切れずにいた。しかし、今後は鴻海の豊富な資金力や販売網などを武器に、一気に攻勢をかける可能性が大きい。そうなれば、JDIが窮地に立たされかねないのだ。
日本勢の脅威に
シャープは液晶以外に家電や複合機など多様な製品を手がけており、各事業が鴻海の支援で競争力を高めると、多くの分野で日本メーカーの脅威となりうる。
そもそも経産省は、国内メーカー同士がしのぎを削り、経営体力を消耗させる構造を変え、韓国が産業界を再編成して競争力を高めた先例にならって、液晶や白物家電などの分野ごとに「日の丸連合」をつくる野心的な構想をもっていた。
日本の産業政策は「東アジアの奇跡」と称賛される戦後の経済復興と高度成長を下支えしたが、バブル崩壊で精彩を失った。とりわけ、電機業界は韓国や中国など新興国勢の台頭で存在感が急低下し、液晶や家電分野で後塵(こうじん)を拝していた。
日本メーカーの苦境に危機感を強めた経産省と革新機構はシャープの液晶事業をJDIと統合する一方、冷蔵庫など白物家電の事業を東芝の同事業と統合も検討し、家電などあらゆる機器をインターネットでつなぐ「インターネット・オブ・シングス(IoT)」の関連技術や産業を育てる構想を温めていた。
革新機構はこれまでにソニーと東芝、日立製作所の中小型液晶事業を統合したJDIや半導体のルネサスエレクトロニクス、ソニーとパナソニックの有機EL部門の統合会社へ出資している。技術や開発資金、人材を結集させた「日の丸連合」で海外勢に対抗する戦略をシャープの支援にも活用しようともくろんだ。
シャープと主力取引銀行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行がぎりぎりまで革新機構の提案を受け入れる方向で調整を進めていたことから、革新機構の志賀俊之会長は「今年は日本の産業の再編元年になる」と構想の実現に自信をのぞかせていた。
シナリオ瓦解
ところが、鴻海の巻き返しにより状況は一変した。4日のシャープの取締役会直前に、買収額を6千億円強から7千億円規模に引き上げたのだ。革新機構は3千億円の出資に加えて2千億円の融資枠も設定した。主要取引銀行による3500億円の債務削減を提案したが、鴻海側は、事業や雇用の維持、主力取引銀行に金融支援を要請しないことも示しており、内容的に有利に立った。
金融機関関係者は「シャープを丸ごと買い取り、雇用維持も約束した鴻海案は『救済』、革新機構はあくまで『支援』だ。この差は大きかった」と明かす。
シャープは社外取締役を中心とした「解体につながる」との反発に加え、主力取引銀行も「経済合理性では鴻海案だ」(幹部)との考えに傾いたことなどから土壇場で方針を転換した。革新機構はシャープとの協議を続けているが、出資額の引き上げなどは難く、起死回生は見込みづらい。リストラなどをめぐって認識の違いが表面化してきたシャープと鴻海の交渉決裂という“敵失”を待っているのが現状のようだ。
このままシャープの鴻海傘下入りが決まれば、電機業界の再編は宙に浮く。
東芝の室町正志社長は4日の記者会見で、「(シャープとの交渉が)成立しない場合には(白物家電事業は)海外メーカーへの売却も選択肢だ」と述べた。
鴻海によるシャープの買収が、電機業界も外資によるM&A(企業の合併・買収)を積極的に受け入れるきっかけになるかもしれない。