スイス国立銀行(中央銀行)が自国通貨の上昇を抑えるために無制限の為替介入を打ち出し市場に驚きを与えたのを受け、7日の通貨市場の関心は日本政府・日銀の対応に移った。日銀は財務省の指示を受け、円高抑制策を講じるのだろうか。
■円の価値は特別高くないと判断か
記者会見に臨んだ日銀の白川総裁(9月7日、日銀本店)=ロイター
政府・日銀は動かなかった。日銀は定例の金融政策決定会合で、8月4日に50兆円に増額した国債などの資産買い入れ基金の規模を据え置いた。
野村証券の池田雄之輔チーフ外国為替ストラテジストは「スイス中銀の断固たる行動を受け、市場は財務省も動くと期待していた」と述べ、日銀の政策維持の発表から数分間で円相場が1ドル=77円39銭から77円07銭に上昇したことを指摘した。同氏は「政策維持が発表されれば、普通は円ドル相場は安定するものだが」と語る。
日本がスイスに追随しなかった主たる理由は2つある。1つ目は、適正価格から大きく乖離(かいり)しているスイスフランと違い、円の価値は特別高いわけではないことだ。
日銀の試算によれば、円は輸出競争力を示す「実質実効為替レート」では過去30年間の平均とほぼ一致している。このため現在の円の価値は、1995年初めに79円95銭に達した時点よりも3分の1ほど低いことになる。
2つ目の理由は、日銀はスイス中銀に比べて政策の自由度に制約がある点だ。日本は主要7カ国(G7)の創設メンバーとして、G7の自由変動相場主義を尊重することが期待されている。
■新内閣が米国に配慮?
先週任命されたばかりの安住淳財務相は今週、円に対する「投機的な動きに対抗する用意がある」と強調した。
だが、バークレイズ銀行の山本雅文チーフFXストラテジストは、安住財務相が初舞台となる今週後半のG7財務相・中央銀行総裁会議で、「抜本的な対策」を要求する勇気はないだろうと予測。具体的には、野田佳彦新内閣は円高・ドル安是正に向けた介入実施により米国を怒らせたくはないはずだと言う。
「野田新内閣は日米関係を修復しようとしているため、ドル安を積極的に容認している米政権を怒らせるようなことは望んでいないと思う」というのが同氏の見立てだ。
■介入に3つの条件
これは当然ながら、政府・日銀が為替介入を実施できないという意味ではない。
政府・日銀は過去1年で3度の介入を実施している。直近の8月9日の介入では1日当たりの介入額としては過去最高となる4兆5100億円をつぎ込んでいる。だがこれまでの事例を踏まえれば、介入実施には明らかに3つの条件が必要なようだ。
1つ目は、円ドル相場の変動が激しいという点。この1年間の3度の介入のうち、2度目の介入がまさにこれに当てはまる。3月の東日本大震災から数日間で円が対ドルで5%上昇したため、海外資金の流出を恐れて協調介入が実施された。
2つ目の条件は、実体経済も支援を必要としていることを強調するために、日銀の金融緩和策と同時に実施される点だ。昨年9月以降の介入はそれぞれ、日銀の金融政策の調整から2週間以内に実施されている。最後の条件は、日銀は為替介入を1日限りに抑えなくてはならないという点である。
この3つの条件がそろえば、財務省はG7で介入を正当化できると判断するようだ。
こうした制約を踏まえれば、財務省がこれまで根本的な円高基調を阻止していないのも驚きではない。断続的な介入には踏み切ってきたものの、円は200日移動平均ではほぼ一環して上昇傾向をたどっている。実際、8月に実施された為替介入では、円はその後わずか10日間で75円93銭の史上最高値を更新した。
■円高のメリットを強調する方向へ
これは政治的な意思が転換しているとすれば説明がつくかもしれない。内閣府は先週、円高のメリットを国民に納得させる施策を検討していることを認めた。
これは政治家が口先介入のような中途半端な介入を断念するという意味ではなく、当局が円高・ドル安に対して打つ手がないならば、むしろそのプラス面を強調するということを示している。
野村証券の池田氏は「米連邦公開市場委員会(FOMC)がゼロ金利を今後8四半期間維持すると発表したのを受け、日本政府はもはや当面は円安方向に振れることはないとあきらめているようだ」と予想する。
スイスには自国の通貨高に抵抗する意欲も手段もあるが、日本は円高と共存する方法を学びつつある。
By Ben McLannahan
(c) The Financial Times Limited 2011. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
■円の価値は特別高くないと判断か
記者会見に臨んだ日銀の白川総裁(9月7日、日銀本店)=ロイター
政府・日銀は動かなかった。日銀は定例の金融政策決定会合で、8月4日に50兆円に増額した国債などの資産買い入れ基金の規模を据え置いた。
野村証券の池田雄之輔チーフ外国為替ストラテジストは「スイス中銀の断固たる行動を受け、市場は財務省も動くと期待していた」と述べ、日銀の政策維持の発表から数分間で円相場が1ドル=77円39銭から77円07銭に上昇したことを指摘した。同氏は「政策維持が発表されれば、普通は円ドル相場は安定するものだが」と語る。
日本がスイスに追随しなかった主たる理由は2つある。1つ目は、適正価格から大きく乖離(かいり)しているスイスフランと違い、円の価値は特別高いわけではないことだ。
日銀の試算によれば、円は輸出競争力を示す「実質実効為替レート」では過去30年間の平均とほぼ一致している。このため現在の円の価値は、1995年初めに79円95銭に達した時点よりも3分の1ほど低いことになる。
2つ目の理由は、日銀はスイス中銀に比べて政策の自由度に制約がある点だ。日本は主要7カ国(G7)の創設メンバーとして、G7の自由変動相場主義を尊重することが期待されている。
■新内閣が米国に配慮?
先週任命されたばかりの安住淳財務相は今週、円に対する「投機的な動きに対抗する用意がある」と強調した。
だが、バークレイズ銀行の山本雅文チーフFXストラテジストは、安住財務相が初舞台となる今週後半のG7財務相・中央銀行総裁会議で、「抜本的な対策」を要求する勇気はないだろうと予測。具体的には、野田佳彦新内閣は円高・ドル安是正に向けた介入実施により米国を怒らせたくはないはずだと言う。
「野田新内閣は日米関係を修復しようとしているため、ドル安を積極的に容認している米政権を怒らせるようなことは望んでいないと思う」というのが同氏の見立てだ。
■介入に3つの条件
これは当然ながら、政府・日銀が為替介入を実施できないという意味ではない。
政府・日銀は過去1年で3度の介入を実施している。直近の8月9日の介入では1日当たりの介入額としては過去最高となる4兆5100億円をつぎ込んでいる。だがこれまでの事例を踏まえれば、介入実施には明らかに3つの条件が必要なようだ。
1つ目は、円ドル相場の変動が激しいという点。この1年間の3度の介入のうち、2度目の介入がまさにこれに当てはまる。3月の東日本大震災から数日間で円が対ドルで5%上昇したため、海外資金の流出を恐れて協調介入が実施された。
2つ目の条件は、実体経済も支援を必要としていることを強調するために、日銀の金融緩和策と同時に実施される点だ。昨年9月以降の介入はそれぞれ、日銀の金融政策の調整から2週間以内に実施されている。最後の条件は、日銀は為替介入を1日限りに抑えなくてはならないという点である。
この3つの条件がそろえば、財務省はG7で介入を正当化できると判断するようだ。
こうした制約を踏まえれば、財務省がこれまで根本的な円高基調を阻止していないのも驚きではない。断続的な介入には踏み切ってきたものの、円は200日移動平均ではほぼ一環して上昇傾向をたどっている。実際、8月に実施された為替介入では、円はその後わずか10日間で75円93銭の史上最高値を更新した。
■円高のメリットを強調する方向へ
これは政治的な意思が転換しているとすれば説明がつくかもしれない。内閣府は先週、円高のメリットを国民に納得させる施策を検討していることを認めた。
これは政治家が口先介入のような中途半端な介入を断念するという意味ではなく、当局が円高・ドル安に対して打つ手がないならば、むしろそのプラス面を強調するということを示している。
野村証券の池田氏は「米連邦公開市場委員会(FOMC)がゼロ金利を今後8四半期間維持すると発表したのを受け、日本政府はもはや当面は円安方向に振れることはないとあきらめているようだ」と予想する。
スイスには自国の通貨高に抵抗する意欲も手段もあるが、日本は円高と共存する方法を学びつつある。
By Ben McLannahan
(c) The Financial Times Limited 2011. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.