冬休み明け集会あいさつ
2005年1月8日
筑波大学附属高校
学校長 海保博之
「言葉を使って自分の気持ちを表現するスキルを身につけよう」
●先日、筑波へ帰る時の高速バスでこんなことがありました。 うしろの座席にすわった若者がしきりに座席の背もたれをごそごそさせていました。 「うるさいなー」と思いましたが、そのままにしていました。そのうち、はっと気がつきました。僕がリクライニングにしていたのが気に入らないのではないか。最近の若者は足が長いですからね。すぐに座席を元に戻しました。果たして、うるささが止まりました。 この間、僕も後ろの若者も一言もありませんでした。 諸君は、この事態をどう思いますか。
●僕も若者も、たった一言が出ませんでした。 僕「座席を少し倒していいですか?」 若者「足がつかえます。座席をもう少し、戻していただけませんか?」 その一言がでなかったために、気まずい雰囲気になってしまいました。 こういうような状況が恒常的に続くと、うっくつしたものがお互いに蓄積されて、暴発してしまうことになりがちです。 僕「うるさい!!」 若者「椅子が邪魔なんだよ!!」 となってしまいます。
●自分の気持ちや思いを、人に向かって表現することを「自己表現」と言います。 僕も若者も、自分の気持ちを表現する力がなかったようです。
・相手に対して、
・自分の気持ちや思いを、
・言葉を使って、
・対面で表現できる
こうした自己表現力は、 今メール・コミュニケーションの時代だからこそ、 また、グローバル化した時代だからこそ、 ますます大切になってきます。
●これは、またアメリカでの自分の経験です。 研究室へ入る狭い通路をはさんで二人の教授が話をしている。まん中を通らないと研究室にいけない。話し中なので悪いからと思って、しばらくこれみよがしに、その回 りをうろうろしていたが、まったく話が終わる兆しも通してくれる気配がない。むろん、二人とも僕が通り抜けたくてうろうろしているのはわかっているはず(と自分は 思っていた)。 勇気を出して、”Excuse me ”。入れたのは2、3分たってかなり腹だたってきてからでした。
●さて、気持ち、とりわけ、ネガティブな気持ち(嫌い、いや、悲しい、つらいなど)の自己表現力で大事なことを5つほど。
1)言葉で好き嫌い,してほしいこと、してほしくないことを、はっきりと表現する 身体や表情でも気持ちは表現できます。 しかし、言葉で表現することによって、自分の気持ちが自分でもはっきりとしてき ますし(言葉の知性化機能)、気持ちが穏やかになります(言葉の冷却化機能)。 また、相手も、それによって、あなたの気持ちがはっきりとわかります。相手の気持ちがわからない不安を解消できます。
2)気持ちの表現はメールではしない 気持ちを相手に伝えたい時は、対面ですることです。 メールでは、書かれて通りに理解されてしまいます(字義通りの理解)。対面なら、言葉を補う情報が豊富にありますから、誤解も避けられます。同じ「バカ」でも 対面でなら笑い顔で言うこともできます。すぐに相手の反応がわかります。 メールでの感情表現、特に、喧嘩は厳禁です。字義通り以上に過激にとられてしまうことがあるからです。「嫌い」はますます嫌いにとられます。 メールには、さらに、微妙な時間の遅れがありますから、その間に自分の気持ちがどんどん自己増殖してしまいます。
3)僕/私表現で、自分の気持ちを伝える 感情がからんだ対話は、えてして「あなたがーー」表現になりがちです。 「きみにはいらいらさせられる」「私の気持ちを傷つけたのはあなただ」「嘘をついたのは君だろう」などなど。 これでは相手への攻撃になってしまいます。 自分はこれがしたい、これはしたくない、うれしい、つらいなどなど自分の気持ちを「僕は/私は表現」で、相手にはっきり表現します。
○「なんでそんなことをするんだ!」(あなた表現)ではなく、 「僕は、そうされるが嫌いです。やめてください。」
○「SF映画なんか、よく見るね!」(あなた表現)より 「私は、SF映画はあまり好きではなりません。いきたくない。」
○「なんで連絡してくれなかったんだ!」(あなた表現)より「連絡してもらえなくて、僕は大変不安だった。」
4)why表現,how表現を心がける 自分の今の気持ちはこうで(what)、なぜそういう気持ちになったのか(why)、 どうすればよいか(how)を話す。
○リクライニングにしないでください」ではなく、 「僕の足が座席にぶつかります(why)。リクライニングにしないでください (how)」
○「会いたくありません」ではなく、 「今、自分では、あなたへの気持ちが整理できません。1週間後なら会えるかもしれません(how)」
5)挨拶言葉、謝り言葉をやや多め目に 挨拶言葉「おはよう」「こんにちわ」「さよなら」などなど 謝り言葉「ごめん」「もうしわけない」などなど 特に謝り言葉は、対人関係をスムーズにするためには必須です。特に、相手の気持ちを少しでも傷つけたと思った時、無理なことを頼む時には、ただちに、軽く、謝る。これは、私/僕表現のあとには、必須です。 「自分は、SFは嫌いなのでいきたくない。ごめん!!」
●気持ちはできるだけ外に向けて言葉ではっきり表現することです。内にため込まな いことです。ため過ぎると、暴発します。これを、感情の通風理論と呼ぶことがあり ます。
●気持ちの自己表現の心がまえとスキルは、大人になるためには、必須の社会的スキルの一つです。
●自分の気持ちの表現について話をしてみました。 自己表現には、さらに、自分の思い、考えを表現することもあります。それも含めたもっと包括的な自己表現力を自己チェックするためのリストを1枚、 JAM「親子で育てる”じぶん表現力」(主婦の友社)からとったものを用意してみま した。校長室の前に置いておきますから、興味のある人は、持っていって自己診断を してみてください。
●では、風邪を引かないようにして、 1、2年生は、1年の締めくくりの3か月を、 そして3年生は、3年間の締めくくりの2か月を、 がんばってください。 3年生は、ただ、がんばり過ぎないように。アメリカだと、「take it easy」(気楽 にやろうよ。リラックスしてやって!)
●「”私は”という主語を書くことで、”この行動の主体は自分である”ということ を、知らず知らずのうちに、確認することができます」(渡辺康麿)
●「言葉をバカにする人は、言葉で痛い目にあう」(海保)