8ー2 認知工学のねらいと領域
認知工学のねらいの一つは、道具や機械の使用者(ユーザ)や情報の受け手/利用者に対してわかりやすい情報環境を設計するのに役立つ知見や指針を提供することである。 ここで、「わかりやすい情報環境」とは、情報を処理する場面で、次の3つの要件を満たすことである。
一つは、既有知識があることである。たとえば、コンピュータの画面の右下に、ゴミ箱のアイコンがある。不要なファイルはそこに捨てることができる。この一連の操作は、非常にわかりやすい。なぜなら、「不要なものはゴミ箱に捨てる」という既有知識が使える(転移できる)からである。
2つは、情報の処理コストが低いことである。既有知識があることと密接に関連するが、たとえば、「カネオクレタノム」と表示されるのと、「金をくれた飲む」と表示するのとでは、明らかに処理コストは違う。(ちなみに、「金をくれ頼む」あるいは「金遅れ頼む」と表示してもよい。)
3つは、文脈による制約である。情報処理をおこなう文脈の中に、するべきことが作り込まれていることである。たとえば、マウスには、その形態から、片手でにぎって人さし指か中指とでクリックする動作を自然に誘うようになっている。 以上をまとめると、わかりやすさは次のような形で定式化できる。
わかりやすさ=f(既有知識 X 情報の処理コスト+文脈の制約)
ここで、「X」は、いずれかがゼロだと両方がわかりやすさに貢献しないことを意味している。たとえば、豊富な既有知識をもっていても、それを必要な時にタイミングよく思い出せなければ、無駄になる。また、「+」は、いずれかがゼロであっても、一方だけでもわかりやすさに貢献できることを意味している。
認知工学のねらいのもう一つは、「わかりやすい情報環境」かどうかを評価する手法の提供である。 一つの道具や機械が市販される前に、想定されるユーザを使って、その使いやすさを評価すること(usability test )を 国際標準化機構がISO13407規格として要求するようになってきた(黒須ら、200?)。その際に使われる諸評価手法はいずれも、その出所は認知心理学の研究の中で培われてきた研究技法そのものか、その変形である。