5ー3)規則ベースの行為とミス
●手順、規則に従う
仕事には一定の手順(マニュアル)や決まりがある。手順や規則に従って行なう行為が、規則ベースの行為である。
まずは、手順、規則にまつわる心理から。
手順や規則には、強制の意味合いがある。人はロボットではない。言われた通り、決められた通りを嫌う。とりわけ、仕事に慣れてくると、自分なりの創意工夫をしたがる。ましてやそれが仕事の効率化につながるなら、手順無視、規則無視に大義名分さえ感じとってしまう。
人に内在するこうした積極性をむげに抑え込んでしまうわけにはいかないが、しかし、それが手順違反、規則違反によるミスを誘発してしまうとなると、さてどうするか。
一つは、「領域分け」の考えを採用することである。
ここのところは、ミスが起こると大変なことになるので、手順、規則に従ってやらなければならないことを自覚する。創意工夫がむしろ期待されているところでは、ミスを恐れず、思いもままにやってみる。
領域に応じた仕事への取り組み、心構えをするのである。これが領域分けの考えである。
もう一つは、手順、規則に従うと、なぜ良いのかをしっかりと理解することである。
人は強制も嫌うが、無意味なことをするのも嫌う。自分のすることの意味を知りたがるのである。そこで、ただ手順や規則に従うのではなく、そうすることがどういう意味があるのかを自得するようにする。「手順主義より意味主義で」仕事をするのである。
そして、最後は、安全が何よりも優先するとの使命を折に触れて確認することである。納期や競争に勝つことやサービスは、安全あってのものであることの自覚である。安全というパンドラの箱は、絶対に開けてはいけないのである。
図5ー4 安全というパンドラの箱を開けさせるもの PPT済み
●手順を学びはじめる
手順通りに仕事をするには、それなりの訓練が必要である。
訓練の主体になるのは、現場である。指導者からの手取り足取りの指導からはじまって、ベテランが実際に仕事をしている現場で見よう見真似で覚えるOJT(on the job training)で力を付けていくことになる。
OJT訓練の初期段階では、一つ一つの手順を、「計画ー実行ー確認(PDS)」に従ってゆっくりと着実におこなう。技量未熟によるミスが多く発生するが、仕事をゆっくりやるし、まだ未熟なのでミスをするという強い自覚があるので、確認段階で、ほとんどのうっかりミスは検出・訂正ができる。
この段階でのミスは次の段階への習熟への貴重な体験学習になる。ミスから学ぶ姿勢が必要である。
・どういうミスなのか
・なぜミスをしてしまったのか
・どうすればミスを防げるか
この3点についての内省・反省をきちんとおこなうことが必須である。不明な点があれば、どんどん先輩や指導者に尋ねて助言を求める。
町工場での長年の経験を生かして発言している小関智弘氏は言う。「若い人はことさら失敗を怖がりますね。”マニュアルどおりにやったのに”と言う。教えている先輩たちが”あれじゃ育ちようがないよ”と嘆く」(朝日新聞、05年1月12日朝刊)
ここで、初心者の情報処理の一般的な特徴とそれに対する処方箋を挙げておく。
「短期記憶での処理」
○チャンキングする(まとまりをつくる)ために必要な知識が充分でないために、わずかな情報しか一度に処理できない
ー>できるだけ、ノートにとって、自分なりのまとめをしてみる
○過緊張状態にあるため、深みのある情報処理、複眼的な情報処理ができない
ー>マニュアルなどを活用して復習を充分にする
○目に見える動作のほうに注意がとられてしまいがち
ー>動作をしながら、その動作に関連する知識を口に出してみる
「長期記憶での処理」
○新しい情報を既有の知識と関連づけることができない
ー>復習するときに、関連する知識も調べるようにする
○大事な知識とそうでない知識の区別がつかない
ー>指導者の言動や資料のメリハリの付け方から何が大事なことかを推測する
●学びが軌道にのる
初期段階を過ぎると、次第に動作がスムーズになり、スピードも上がってくる。上達しているという感覚が味わえるようになってくる。手順についての宣言的知識がどんどんどん手続き的知識になり、簡単な動作は、無意識的に実行できるようになってくる。比較的ミスの少ない段階である。
ここで、この上達過程について少し認知心理学的な解説をしておく。
動作をガイドする手続き的知識は、ノードとリンクからなる運動スキーマとして組織化されている。
車の始動を例にとれば、キーを差す、強く押し込んでまわす(フールプルーフ機構になっているので)、各種メーターなどが正常かをチェックする、シートベルトをつける、といった一連の要素動作が、一つひとつのノードになる。それが、この記述通りの順番にリンクでつながれば、スキーマとして機能する。
そして、この始動スキーマは、より上位の「車庫出しスキーマ」の中に統合されていくことになる。これが、果てしなく続くのが上達過程ということになる。
図5-4 運動スキーマのイメージ PPTすみ
練度が上がってくるにつれて、スキーマの組織化は、一方ではより抽象的に、また一方では、より精細になっていく。そして、意識化できるレベルも、より抽象的なレベルになっていく。これが、序章で述べたマクロ化(図2ー2参照)の内部でのメカニズムに他ならない。
具体例を一つ挙げておく。
野球のベテラン解説者の解説をよく聞いていると、実に細かい動作を指摘することがある。手首が返っているとか、フォロースルーができているとか。素人には、VTRの高速度撮影を見ないと気がつかないようなことを指摘する。これがスキーマが精細化されていることの証拠である。
さらに、空振りをすると、「レフト方向をねらってますね」とか「一発ねらってます」というような解説をする。マクロな動作(のねらい)もまたきちんと見えているのである。これがスキーマのマクロ化(抽象化)の例である。
●上達が一時的に止まる
なお、この段階で、いわゆるスランプの状態を経験することもある。いくら練習してもいっこうに上達しないのである。とりわけ、手順の中に細かい技能が入っていると、スランプに悩まされることになる。
しかし、スランプはもう一つ上の段階へと行くための必須の経験とされている。この時期に、それまで学習してきたことの組み替え、別の言い方をするなら、新しい運動スキーマの組み換えがなされているのである。
新しい運動スキーマとは、下位スキーマをまとめ直して(チャンキングし直して)作り出される高次のスキーマである。動作の上ではいっこうに上達しないが、頭の中では盛んに手続き的知識の更新が起こっているのである。
あきらめずに練習していると、あるとき突然、すんなりとやりたいことができてしまう。これがスランプの脱出である。
スランプ時期は、認知と動作がばらばらになることが多い時期であるため、ミスも発生しやすい。
スキーマの組織化は認知の世界で起こる。そしてスキーマを意識化できるのはそのごく一部に過ぎない。しかし、要素動作のほうは、必ずそのすべてを順序通りしないければならない。つまり、意識していない要素動作でもきちんと実行しなければならない。この意識化できない要素動作の部分でついうっかり動作の一つを飛ばしてしまうミス(省略ミス)が起こってしまう。
ここで起こるうっかりミスには、もう一つ知り過ぎていたために起こってしまうミス(スキーマ依存ミス)もあるので、やっかいである。
たとえば、パッシングしたので右折したが相手の車がつっこんできたようなケース。パッシングには「どうぞ」の意味があることだけしか知らなかっために起こったミスである。むしろ知らないほうが(スキーマがないほうが)安全だった。
こうしたミスは、上達のための払わなければならない痛いコストという面もある。仲間や指導者の支援を仰ぎながら謙虚に学ぶ姿勢が必要である。
そして、認知と動作がしっくりと馴染んだ状態になってはじめてより一段上の域に達したと言えるのである。このあたりについては、岡本浩一著「上達の法則」「スランプ克服の法則」(いずれもPHP新書)が参考になる。
●手順、規則に従う
仕事には一定の手順(マニュアル)や決まりがある。手順や規則に従って行なう行為が、規則ベースの行為である。
まずは、手順、規則にまつわる心理から。
手順や規則には、強制の意味合いがある。人はロボットではない。言われた通り、決められた通りを嫌う。とりわけ、仕事に慣れてくると、自分なりの創意工夫をしたがる。ましてやそれが仕事の効率化につながるなら、手順無視、規則無視に大義名分さえ感じとってしまう。
人に内在するこうした積極性をむげに抑え込んでしまうわけにはいかないが、しかし、それが手順違反、規則違反によるミスを誘発してしまうとなると、さてどうするか。
一つは、「領域分け」の考えを採用することである。
ここのところは、ミスが起こると大変なことになるので、手順、規則に従ってやらなければならないことを自覚する。創意工夫がむしろ期待されているところでは、ミスを恐れず、思いもままにやってみる。
領域に応じた仕事への取り組み、心構えをするのである。これが領域分けの考えである。
もう一つは、手順、規則に従うと、なぜ良いのかをしっかりと理解することである。
人は強制も嫌うが、無意味なことをするのも嫌う。自分のすることの意味を知りたがるのである。そこで、ただ手順や規則に従うのではなく、そうすることがどういう意味があるのかを自得するようにする。「手順主義より意味主義で」仕事をするのである。
そして、最後は、安全が何よりも優先するとの使命を折に触れて確認することである。納期や競争に勝つことやサービスは、安全あってのものであることの自覚である。安全というパンドラの箱は、絶対に開けてはいけないのである。
図5ー4 安全というパンドラの箱を開けさせるもの PPT済み
●手順を学びはじめる
手順通りに仕事をするには、それなりの訓練が必要である。
訓練の主体になるのは、現場である。指導者からの手取り足取りの指導からはじまって、ベテランが実際に仕事をしている現場で見よう見真似で覚えるOJT(on the job training)で力を付けていくことになる。
OJT訓練の初期段階では、一つ一つの手順を、「計画ー実行ー確認(PDS)」に従ってゆっくりと着実におこなう。技量未熟によるミスが多く発生するが、仕事をゆっくりやるし、まだ未熟なのでミスをするという強い自覚があるので、確認段階で、ほとんどのうっかりミスは検出・訂正ができる。
この段階でのミスは次の段階への習熟への貴重な体験学習になる。ミスから学ぶ姿勢が必要である。
・どういうミスなのか
・なぜミスをしてしまったのか
・どうすればミスを防げるか
この3点についての内省・反省をきちんとおこなうことが必須である。不明な点があれば、どんどん先輩や指導者に尋ねて助言を求める。
町工場での長年の経験を生かして発言している小関智弘氏は言う。「若い人はことさら失敗を怖がりますね。”マニュアルどおりにやったのに”と言う。教えている先輩たちが”あれじゃ育ちようがないよ”と嘆く」(朝日新聞、05年1月12日朝刊)
ここで、初心者の情報処理の一般的な特徴とそれに対する処方箋を挙げておく。
「短期記憶での処理」
○チャンキングする(まとまりをつくる)ために必要な知識が充分でないために、わずかな情報しか一度に処理できない
ー>できるだけ、ノートにとって、自分なりのまとめをしてみる
○過緊張状態にあるため、深みのある情報処理、複眼的な情報処理ができない
ー>マニュアルなどを活用して復習を充分にする
○目に見える動作のほうに注意がとられてしまいがち
ー>動作をしながら、その動作に関連する知識を口に出してみる
「長期記憶での処理」
○新しい情報を既有の知識と関連づけることができない
ー>復習するときに、関連する知識も調べるようにする
○大事な知識とそうでない知識の区別がつかない
ー>指導者の言動や資料のメリハリの付け方から何が大事なことかを推測する
●学びが軌道にのる
初期段階を過ぎると、次第に動作がスムーズになり、スピードも上がってくる。上達しているという感覚が味わえるようになってくる。手順についての宣言的知識がどんどんどん手続き的知識になり、簡単な動作は、無意識的に実行できるようになってくる。比較的ミスの少ない段階である。
ここで、この上達過程について少し認知心理学的な解説をしておく。
動作をガイドする手続き的知識は、ノードとリンクからなる運動スキーマとして組織化されている。
車の始動を例にとれば、キーを差す、強く押し込んでまわす(フールプルーフ機構になっているので)、各種メーターなどが正常かをチェックする、シートベルトをつける、といった一連の要素動作が、一つひとつのノードになる。それが、この記述通りの順番にリンクでつながれば、スキーマとして機能する。
そして、この始動スキーマは、より上位の「車庫出しスキーマ」の中に統合されていくことになる。これが、果てしなく続くのが上達過程ということになる。
図5-4 運動スキーマのイメージ PPTすみ
練度が上がってくるにつれて、スキーマの組織化は、一方ではより抽象的に、また一方では、より精細になっていく。そして、意識化できるレベルも、より抽象的なレベルになっていく。これが、序章で述べたマクロ化(図2ー2参照)の内部でのメカニズムに他ならない。
具体例を一つ挙げておく。
野球のベテラン解説者の解説をよく聞いていると、実に細かい動作を指摘することがある。手首が返っているとか、フォロースルーができているとか。素人には、VTRの高速度撮影を見ないと気がつかないようなことを指摘する。これがスキーマが精細化されていることの証拠である。
さらに、空振りをすると、「レフト方向をねらってますね」とか「一発ねらってます」というような解説をする。マクロな動作(のねらい)もまたきちんと見えているのである。これがスキーマのマクロ化(抽象化)の例である。
●上達が一時的に止まる
なお、この段階で、いわゆるスランプの状態を経験することもある。いくら練習してもいっこうに上達しないのである。とりわけ、手順の中に細かい技能が入っていると、スランプに悩まされることになる。
しかし、スランプはもう一つ上の段階へと行くための必須の経験とされている。この時期に、それまで学習してきたことの組み替え、別の言い方をするなら、新しい運動スキーマの組み換えがなされているのである。
新しい運動スキーマとは、下位スキーマをまとめ直して(チャンキングし直して)作り出される高次のスキーマである。動作の上ではいっこうに上達しないが、頭の中では盛んに手続き的知識の更新が起こっているのである。
あきらめずに練習していると、あるとき突然、すんなりとやりたいことができてしまう。これがスランプの脱出である。
スランプ時期は、認知と動作がばらばらになることが多い時期であるため、ミスも発生しやすい。
スキーマの組織化は認知の世界で起こる。そしてスキーマを意識化できるのはそのごく一部に過ぎない。しかし、要素動作のほうは、必ずそのすべてを順序通りしないければならない。つまり、意識していない要素動作でもきちんと実行しなければならない。この意識化できない要素動作の部分でついうっかり動作の一つを飛ばしてしまうミス(省略ミス)が起こってしまう。
ここで起こるうっかりミスには、もう一つ知り過ぎていたために起こってしまうミス(スキーマ依存ミス)もあるので、やっかいである。
たとえば、パッシングしたので右折したが相手の車がつっこんできたようなケース。パッシングには「どうぞ」の意味があることだけしか知らなかっために起こったミスである。むしろ知らないほうが(スキーマがないほうが)安全だった。
こうしたミスは、上達のための払わなければならない痛いコストという面もある。仲間や指導者の支援を仰ぎながら謙虚に学ぶ姿勢が必要である。
そして、認知と動作がしっくりと馴染んだ状態になってはじめてより一段上の域に達したと言えるのである。このあたりについては、岡本浩一著「上達の法則」「スランプ克服の法則」(いずれもPHP新書)が参考になる。