5ー4)熟慮してから動く
●4つの代表的なエラー
ここで、やや唐突であるが、ヒューマンエラーの代表的な分類の一つを紹介してみる。
およそどんな仕事でも、それをする理由がある。人を助けるため、給料をもらうため、会社のため、家族のためなどなど。
それをやや大げさな言い方になるが、使命(mission)と呼ぶ。
その使命のもとで、計画(plan)をたてて、それに従って実行し(do)、それが計画通りになっているかを確認する(see)。
この一連の流れを、「MーPDSサイクル」と呼んでおく。
ヒューマンエラーをこの一連の流れの中で分類してみると、図のようになる。
図5ー5 MーPDSと4つのヒューマンエラー pptすみ
使命の取り違えエラーは、安全の使命より乗客サービスの使命を優先してしまって、事故を起こしてしまった、というような例。図5ー4には、安全という使命をつい忘れさせてしまう(パンドラの箱を開けさせる)要因のいくつかを挙げたので参照されたい。
思い込みエラーは、火災報知機が鳴っても、いつもの誤動作と思い込んで何もしないで火災が拡大してしまったというような例。火災報知機は誤動作しがちという経験的な知識が判断を誤らせてしまった。
うっかりミスは、コーヒーに砂糖の代わりに塩を入れてしまった、というような例。計画とは違った行為をしてしまう。
確認ミスは、ワープロでの打ち間違いをそのままにしてしまった、というような例。急いだりすると、つい行為のほうが先走ってしまい、確認を忘れる。
ここで、ヒューマンエラーの分類を紹介したのは、次項で取り上げる、知識ベースの行為で発生する思い込みエラーの位置づけをはっきりさせたかったからである。
なお、4つのミスの型のそれぞれを自分でどれくらいする傾向があるかどうかをチェックするリストをつくってみたので、自己チェックをしてみてほしい。
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表5-1 ミスの自己診断チェックリスト
各項目について、
「自分によくあてはまる時に3」
「まーあてはまる時は2」
「あてはまらない時1」
のいずれかを入れて、4つのリストごとに数値を合計する。判断は直感的でよい。*10点以上なら、それぞれの傾向が強いほうと言える。
●目標の取り違え傾向度チェックリスト(得点; 点)
1)人に喜んでもらうのが好き( )
2)決まりや手順より、その場にふさわしいやり方でやる( )
3)人に自慢をすることが多い( )
4)競争では負けるのが嫌い( )
5)何よりも時間厳守が大事( )
●思い込み傾向度チェックリスト(得点; 点)
1)直感的判断に頼ることが多い( )
2)理詰めで考えるのは嫌い( )
3)判断に迷うことはあまりない( )
4)人と相談することはあまりない( )
5)何ごとも自分なりに納得しないと我慢ならない( )
●うっかり傾向度チェックリスト(得点; 点)
1)一日一回くらいはうっかりミスをする( )
2)見落としや聞き間違いが多い( )
3)計算ミスをよくする( )
4)注意が散漫で持続しない( )
5)感情的になることが多い( )
●確認ミス傾向度チェックリスト(得点; 点)
1)寝る前に火の消し忘れや施錠忘れがないかを気にすることはほとんどない( )
2)確認よりもやれべき事をしっかりやるようにしている( )
3)メモや貼紙はあまりしない( )
4)複数の手段で複数の人から確認をとるようなことはあまりない( )
5)人に、確認したかと言問うことはあまりない( )
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●不適切な状況認識による思い込みエラー
知識ベースの行為は、状況の中にある手がかりを解釈して(シンボル化して)状況認識をおこない、それに基づいて計画を作り出し実行する。
ところが、その状況認識を誤ってしまうと、誤った計画が作られてしまい、それが忠実に実行し、確認段階でのチェックも妥当(計画通り)と判断されてしまう。
・事態がいつもと違っている時
・事態が切迫している時
・状況が何が何やらわけがわからないような時
状況の中にある顕著な手がかりだけに駆動された既有知識に基づいた妥当でない状況認識をしてしまい、結局は、状況への働きかけを誤ってしまう。これが思い込みエラーである。
たとえば、軽いものでは、勘違い。
・「内助の功」を/うちすけのこう/と読んでいた
(既有知識の誤用による勘違い)
・「渓子」を/けいこく/の/けい/と言ったら、「警子」 となっていた
(類似知識の使用による勘違い)
あるいは、もっと規模が大きくなると、いわゆる思い込みエラーになる。たとえば、
・入社したての頃、上司をつい「先生」と呼んでしまった
(不適切な知識の活性化による思い込みエラー)
・頭の中に描いた地図に従って運転していたら、目的地と反 対方向だった
(既有知識駆動による思い込みエラー)
・名刺の肩書きからイメージされるのとはかなり違った言動 をしたので、びっくりした
(ステレオタイプによる思い込みエラー)
・TVのスイッチをつけたら画像が出なかった。修理に出し たら、VTRモードになっていただけだった
(モード認識エラーによる思い込みエラー)
いずれも、状況の中にある限定的だが自分の知識と関連づけられる手がかりだけに依存して、状況を解釈するためのメンタルモデルを構築して、誤った状況認識をしてしまったために起こったものである。
図5ー6 思い込みエラーの発生まで ppt済み
なお、図にある「メンタルモデル」について一言。
メンタルモデルとは、その時その場で活性化している知識を使って頭の中に作られる、状況を解釈するためのモデルである。メンタルモデルが妥当な状況認識をもたらすなら何も問題は起こらない。納得づくで仕事が実行できる。
しかし、メンタルモデルの構築に使う手がかりが不充分だったり、不適切なものだったりすると、誤った状況認識をさせてしまう。これが思い込みエラーをさせることになる。
余談だが、関連した深刻な話をここで一つ。
最近お騒がせの「おれおれ詐欺ーー「振り込ませ詐欺」と警察は命名し直したーー。これには、見事なまでの思い込ませテクニックが使われている。
電話という相手が見えないホットなメディアを使って、しかも、警察や弁護士といった法律的権威を演出する。これは、相手の作り出した仮構の世界へと誘導する強力な仕掛けになっている。さらにこれに加えて、家族のトラブル物語りで頭真っ白にさせてまっとうな状況認識ができないようにさせてしまう。
後は思い込みの世界から脱出できないうちに払い込ませてしまえば終わり。
●思い込みエラーに対処する
思い込みエラーは、その世界に入り込んでしまうと、自力で抜け出ることができない。払い込ませ詐欺で、一度払い込んでしたが、2度も3度も払い込む例がそれである。
となると、思い込む前の入口での心のガードが唯一の対策となる。
・何が何やらわけがわからないような時は判断や行動をしな い(エポケー)
・もう一つルートからの情報を手に入れるようにする
・即断即決をしない
・自分の思いを口に出してみる
・相談相手を用意しておく
さらには、自分が思い込みやすいタイプがどうか知ることも必要である。独善的な人、人の意見を聞かない人、自分に自信のある人、一人で何でもする人などは、要注意である。
ヒヤリハットの心理学(6)
「高齢者は、出来そうなことと出来ないこととの間の齟齬が大きいことを知る」
1 イラスト案
2 柵を跨ごうとして足がひっかかって転びそうになる高齢者
3 その隣を若者があっさりと跨いで通っていく
4
5
●解説」
私たちは、自分の身体でできることをかなり正確に知っています。目の前のコップをとろうとするとき、自分の腕でそれがとれるところにまでこないと、コップをつかむ動作をしません。実は、こうした動作は、生後3か月くらいの子どもでも可能です。
ところで、身体の衰えがはじまる50歳代くらいから、出来ると思ってやったら、出来なかった、というようなことが起こるようになります。
これが起こるのは、身体能力のほうに「余裕幅」(徳田哲男による)がなくなってくるかららしいのです。動作を状況に応じて変えることができなくなるのです。
もう一つは、自分の能力についての認識(メタ認知)が充分でなかったという心理的な原因もあります。
それまでは出来たのだから今度もできるはずとの思い込みは、誰にもあります。
しかし、高齢期に入りつつある人は、自分の身体能力の衰えを知ろうとしない、というより認めたくないところがあります。何度となく「痛い目」に会わないと、衰えを認識しようとしません。
それが、しかし、高齢者の事故を引き起こしてしまいます。
身体能力がはっきりと衰えた後期高齢者には、バリアーフリーの環境を用意するようになってきましたが、高齢者の入り口にさしかった人々の支援環境は、意外となおざりではないかと思います。
●類似ケース
○かなり大きな水たまりがあった。飛び越えられると思ってジャンプをしたが、わずかに及ばず、靴を水で濡らしてしまった。
○電車に間に合いそうになかったので、階段を駆け上がったら、つまずいて転んでしまった。
●対策「身体能力の衰えに対処するにはどうしたらよいのでしょうか」
思春期の子どもは、身体能力の発達が心の機能の発達をはるかに上回ります。身体が先に動いてしまいます。そして、時折、身体の暴走さえ起こってしまいます。
高齢者では逆に、身体の衰えが心の衰えより急です。頭ではできると思っていても身体は言うことをききません。
こうした心身間の齟齬を大きくしないため高齢者にできることは、というより、高齢者がしなければならないことをいくつか挙げてみます。
一つは、「ユックリズム」の実践です。身体の動きを自覚的に7割程度までゆっくりとさせることです。「自覚的に」というところに注意してください。これは、心で身体をコントロールすることを意味しています。
2つは、一日の生活の中で身体の衰えを実感させられるようなことがなかったかを内省してみる習慣をつけることです。
3つは、自分と同年代の人々の身体動作を観察したり、語り合ってみることです。
●自己チェック「あなたの”身体と心のギャプ”は?」******
自分に「最もあてはまるときを”3”」「まったく当てはまらないときを”1”」として3段階で判定してください。
1)やろうと思ってもできないことがある( )
2)仕事を引き受けなければよかったということがある( )
3)やってみてしまったと思うことがある( )
4)つまずいたり人混みでぶつかったりすることがある( )
5)動きの判断に迷うことがある( )
*10点以上なら、心身のギャップが多い方です。