徹底してリラックスする
瞬発カは直前までのリラックスの程度と比例する。リラックスが十分にできればそれだけ瞬発カは大きくなる。
弛緩する、のんびりする、何もしない、いずれもなんの苦労もなくできそうである。確かにふつうの時ならリラックスするのは、どうということもなく誰にでも苦労なくできる。これが人間にとって自然の姿だからである。
そして、実は、この自然の姿の裏側に、ひとたび事が起これば全エネルギーを一気に放出する瞬発カが潜んでいるのである。この意味では、瞬発力もまた人間の自然の姿である。
燃え尽き症候群というのがある。人生の半ばでガックリきてしまい、やることなすことが鬱々(うつうつ)となり、からだも不調に陥る。ヤリ手の中年男性や、子育てが一段落した母親、ひと助けの仕事にかかわっている人などがよくやられる心の病である。
これにかかる人に共通しているのは、休みを惜しんで、毎日、絶え間なく緊張しっ放しで仕事に打ち込んでしまうような生き方をしてきた点である。
その結果、失敗すれば無論のこと、たとえ成功して高い地位についても、あるいは子供が立派に成長しても、そのとたん「燃え尽き」てしまう。ガソリンを補給するのを忘れ、ガス欠に陥った車のようなものである。
燃え尽き症候群は極端な話としても、リラックスによる注意エネルギーの補給は、普通に生きていく上でも大事なことである。
筆者がアメリカで生活して感心したことの一つは、生活全体に、実にメリハリがきいているということであった。実によく働き、よく遊ぶ。エネルギーをためては吐き出し、吐き出してはためている。エネルギーの新陳代謝が激しい。それが、メリハリのきいたという印象を与えているのだろう。
アメリカ人にくらべて、日本人の仕事ぶりはどうであろうか。残業につぐ残業、休日返上があたりまえなどというひどい状態が日常になっている職場が多いらしい。エネルギーを補給するいとまもなく、次々と仕事をこなしていかなければならない。これでは「燃え尽き」てしまう。自殺者が年間3万人以上のままここ5年間も高どまりしている一因にもなっていると思う。
仕事は、あなたの存在とは関係なく永遠に続く。それを自分一人が背負っていると思い込んでしまうと休みはとれない。そうした思い込みのできる仕事を持てることは、確かに幸せではあるのだが。