Q1・8「自分で自分の心をコントロールできなくて困っているのですが、なんとかなりませんか」---心の自己コントロール
4歳頃になると、すでに人間には心があるらしいということがわかってきます。心の存在がわかれば、それがどんなもので、どのようにすればコントロールできるかを考えるようになるのは当然です。それを痛切に願うのは、高校生の頃です。
さて、自分で自分の心の働きを知るのを、メタ認知と呼びます。頭の中にもう一人の自分(ホムンクルス)がいて、あなたの心を監視したり、コントロールしたりしているようなものです。 なお、metaとは、「越えて」「後から」「共に」を意味する接頭語です。
心の自己コントロールは、このメタ認知力が深く関係してきます。
メタ認知には、自分の心を知る働きと、自分の心をコントロールする働きとの2つがあります。
まず、「自分の心を知る」働きのほうから。これにもいろいろあります。
○自分は何を知っていて何を知らないかを知る(知識についてのメタ認知)
首相の自宅の電話番号をあなたは知っていますか」と問われたら、ただちに「知りません」と答えるはずです。知らないということを知っている、漢文調に言うなら「知不知(知らざるを知る)」からこそ、電話帳を調べたり、電話局に尋ねたりすることになります。これが知的好奇心を生み、結果として、科学的な探求心へとつながることになります。
○自分は何ができて何ができないか。あるいはどこまでできるかを知る(能力についてのメタ認知)
目の前にある試験問題を解こうとするときに、「これはダメだ」「これならなんとか解けそう」という勘のようなものが働くはずです。あるいは、この仕事なら、制限時間内にほぼ100%できるという推測ができます。これがあるから、無謀な試みも抑制されます。できそうにないときは、あらかじめ人に助けを求めることもできます。
○自分の今現在の心の働きがどうなっているか(認知状態についてのメタ認知)
眠くなってきたとか、集中力が途切れてきたとかといった認識です。これがないと、居眠りをしてしまったり、注意低下の状態で仕事をして、へたをすると事故を起こしてしまうことになります。
次は、「自分の心をコントロールする」働きのほうです。
○認知状態に応じた対処方略を選ぶ(方略選択についてのメタ認知)
眠ってはいけないときに眠くなったらどうしたらよいかは、経験的に知っています。集中力が落ちてきたら、小休憩をとればよいことも知っているはずです。あるいは、いろいろの対処方略が考えられるときに、一番よさそうなものを選択することもできます。
○対処方略を実行し評価し訂正する(行為の実行と評価についてのメタ認知)
これがセルフ・コントロールの最終局面になります。自分がこうしたいという方向に自分のしていることが向いているかをチェックし、まずければ訂正のための行為をすることになります。
このように、メタ認知を十全に働かせて、その時その場にあった自己コントロールをしていくことになります。しかし、残念ながら、このメタ認知がいつも完璧には働いてはくれるとは限りません。ここで、心の自己コントロール不全へのいらだちが発生します。
なぜメタ認知が完璧に働いてくれないかというと、そもそも、メタ認知力が十分に備わっていないということが、まずあります。これがほぼ完璧になるのは、青年期が終る頃です。というより、メタ認知力が完璧になると、心理的な意味での青年期が終ったと言えます。
高校生あたりは、メタ認知力がピークになる「直前」ですから、したがって、できそうでできない「いらだち」を痛切に感じることになります。
また、メタ認知が十分に備わっていても、状況によって一時的にメタ認知が働くなることがあります。頭がパニックになってしまっているときとか、勉強やゲームに熱中してしまっているときとかです。ホムンクルスの出番がないのです。
こうした状況では、モムンクルスの代わりを周囲の人に頼むのが賢明です。助けられ上手になることも大事です。
さらにもっと構造的な問題として、人の心にはメタ認知が不可能な領域があります。
一般に、心の働きには、その働きをまったく意識できない領域と、意識しようとすれば意識できる領域と、ほぼ完全に意識できる領域の三つがあります。例を挙げてみます。 」
「意識化可能な領域」
・何かを計画するのプロセス(思考過程)
・難しい問題を解くとき(課題解決過程)
「意識化努力によって意識化可能な領域」
・ものをどうやって覚えているか(記憶過程)
・自分はどんな性格か(性格の自己認知)
「意識化不能な領域」
・どうやって痛みを感じているか(痛覚のメカニズム)
・人の顔をどのようにして認識しているのか(パターン認識)
この3つの領域が氷山のようになって心の世界を作っています。このうち、もっとも大きな領域を占める「意識化不能な領域」はまったくメタ認知ができません。ちなみに、こうした領域を、心のアーキテクチャー領域と呼び、心理学では、もっぱらモデルによって説明を試みます。基礎心理学では、この領域に研究上の関心を寄せています。
最後に、メタ認知力を高める方策を2つほど。
一つは、内省する習慣をつけることです。とりわけ、日常の生活の中で、何かいつもと違ったことが起こったときの心の状態について、できればその時その場で、あるいは気持ちが治まったときに振り返る習慣をつけることです。
「心のコラム」欄に筆者のささやかな試みを紹介しておきますので参考にしてみてください。
もう一つは、手前味噌になりますが、心理学を勉強することです。心理学の中には、自分を知り、自分をコントロールするための知識が豊富にあります。そうした知識を知れば知るほど、自分を深く知ることができます。
本書もそうした役割の一助になるはずです。
************ 心のコラム「心の日記をつける」
筆者は、ここ20年くらい、「認知的体験」と称するコラムを書き、ホームページや自分で発行しているミニ・ニューズレターに掲載しています。自分の心を知りたい(メタ認知力をつけたい)という思いや、研究の素材を見つけたいとの思いからはじめたものです。 こんなものを参考にあなたも、「心の日記」をつけてみたらどうでしょうか。 -----------------------------------
●認知的体験 01/6/26海保 「外人と話す」 すっかり英語フォビア(fobia;恐怖症)になっている。昨日も心理学会関係でブラックウエル社副社長の表敬訪問を受けた。幸い通訳がいたが、気が疲れる会話であった。昔は英検1級をとったのになー。全然英語が出てこなくなってしまった。3月にはUCLAのビヨークが来るのだが、どうしよう。この国際化の時代に困ったものである。
●認知的体験 01/10/9海保 「夢で原稿完成、起きたらだめ」 うつらうつらの中で原稿が書けた。起きて書き出したらだめだった。というより、どうしても夢の内容が思い出せない。困った。
●認知的体験 02/12/4 海保 「止める勇気」 おおた先生と2人だけしかいなかったので、シングルのテニスをした。あまりにしんどくなり、途中で止めた。ダブルスでは、いかに社会的手抜きをしているかがわかったが、それくらいが年寄りには丁度よいことがわかった。今朝の朝刊に高円宮殿下がスカッシュをしていての急死は、誰にも、というより健康を自負している人ほど起こるとの警告を、朝刊で読んだばかり。 でもスポーツって怪我をする、時には死ぬほど苦しいと思える直前まで頑張るのがおもしろい。でもそれは若者のこと。年寄りにはそれなりのスポーツの楽しみ方がある。仕事もそうなんだ!!止めるのも勇気なのだ。
●認知的体験 03/1/15海保 「去年のことの記憶」 きくち先生によく去年はどうでした?と聞かれるが、ほとんど思い出せない。同じことを今年(今)もしていての去年なら多分、状況依存の想起になるので、思い出せるのであろうが、今年と去年とがまったく状況が違ってしまっているので、想起できない。ごめん!!