サムライの本分は戦(いくさ)にある……誰だってそう思う。そしてその戦のヒロイックな勝利は、勇猛果敢なサムライたちの戦闘能力に負っている、かに見える。しかしそんな誤解をしているから日本軍は惨敗してしまったでしょう?戦争においては、どう武器を調達し、食料などを補給するかの兵站(ロジスティクス)こそが重要なのであり、古今の英雄たちはそのことをよく知っていた。
この作品の舞台となった幕末においても「そういえばそのことを知悉している人がひとりだけいたなあ」と思っていたらその人物がいきなり登場したのでびっくり。靖国神社に銅像として屹立している大村益次郎(帝都物語のあの旦那が演じてますっ!)がその人。もてる条件の下で、どれだけのことができるかだけを考えたテクノクラートの権化。
「これからは、たくてぃぃす(タクティクス)が重要です。君は算盤ができる。その力は千の、いや万の兵力に匹敵する」
と大村は主人公の息子に告げる。加賀藩の下級官吏だった彼は、その後新政府に重用され……
なんか、こう要約すると偉人伝みたいでしょ。監督が森田芳光だし、主人公の算用係に堺雅人、彼を支える妻に仲間由紀恵。両親が中村雅俊と松坂慶子。算術好きのおばあさまが草笛光子。こんなメンツだから、わたしは算盤に長けた男による藩財政立て直しのストーリーを、偉人伝を背景に、クールに、ユーモラスに語る映画だと思っていた。
ぜーんぜん違いました。
描かれているのはひたすらに算盤に執着する主人公だけれど、彼のまっすぐさを、家族がどう見守ったかのお話なのだ。森田の演出は、脚本を担当した「ウホッホ探検隊」(原作:干刈あがた)に近く、家族の再生に力点がおかれている。
「検算を、お願いします。」
「ご名算。」
などの算盤用語が、お互いを思いやる言葉になっているあたり、うなる。
武士という存在がすっかり“役人”に転じた江戸時代に、算用係がいっせいに算盤をはじく情景はそれだけで趣深い。だれでもジャック・レモンが哀しきサラリーマンを演じた「アパートの鍵貸します」を連想したはず。
まわりの観客たちはやはり高齢者たちが多い。前に座ったおばさんが途中から震えはじめたので不思議に思っていたら、号泣しているのでした。
そんなわたしも、反発する息子に(自分がまちがっていることを承知しながら)父親が叱りつけてしまうあたりから涙止まらず。ひたすらに滅私(逆にいえば公益だ)することをみずからに求めた主人公が、息子におぶわれながら最後にリクエストしたことが、もはや主のいない
「城へ、連れて行ってくれ」
だったのは、だから必然。ここ、地方公務員として泣きどころです。
森田演出はまことに快調。役者では、ふっくらとしてからコメディエンヌとして味が出てきた松坂慶子がすばらしい。っていうかあの一家は取り替えがきかないぐらいみごとなアンサンブルだった。「家族ゲーム」以来、久しぶりの宮川一朗太が、小憎らしい上司を演じていて笑わせてもくれます。
あ、忘れちゃいけない。大島ミチルの音楽はずるいよ。どう考えても客を泣かせるようにできてるもの。
妻にだまって観て来ちゃったけど、これは夫婦で観るべきだったかもね。家族と観るに“ご名算”な映画です。日本の、正しいホームドラマだ。