かつて「写楽(しゃがく)」という雑誌が小学館から出ていたのをおぼえている人もいると思う。篠山紀信が主戦場にしていた写真月刊誌。篠山の激写シリーズ人気の影響で創刊され、有名人のヌードや、環境問題などの硬派の特集が売りだった。「写楽ブック」として「日本国憲法」の全文を写真入りで単行本化し、ベストセラーにしたことでも有名。現在の小学館が、週刊ポストやSAPIOなどでゴリゴリ反動路線を突っ走っていることを考えると隔世の感がある。
その写楽の投稿欄に、こんな投書が載った。
「軽井沢を散策していたときのことです。向こうから痩せた白人男性と、日本人の女性と子どもの三人連れが歩いてきました。よく見るとその男性はジョン・レノン!ということは女性はヨーコ・オノ?こどもはショーン?」
70年代末、ショーンの誕生以降レノンがしばらくハウスハズバンドをしていた時代のことだろう。財閥の末裔であるヨーコに、軽井沢はよく似合ったに違いない。
映画「PEACE BED」の原題は「THE U.S. VS. JOHN LENNON」。日本では“愛と平和の人”と感傷的に語られがちなレノンは、同時に“狂気のロックンローラー”であり、加えてきわめて政治的な存在でもあった。その、政治的側面を中心に描いたドキュメンタリー。チョムスキーやゴア・ヴィダルといったリベラルな論客の証言以外に、ニクソン政権当時に体制側にいたFBI捜査官の発言もあって興味深い。
「よく切れるナイフがあったとしても、テーブルの上に置いてあるだけなら危険じゃない。でも誰かが手に持った瞬間に危険な存在になる。」
“キリストよりも有名”になったビートルズのフロントマンが、反体制グループにあやつられることを危惧し、政府はレノンをイギリスへ追いかえそうと画策する。60年代の政治的熱狂がさめ、ニクソンは再選され、フーヴァーがFBIを牛耳っていた保守の時代に、レノンはヨーコというバックボーンをえて抗い続ける。
山形フォーラムの観客は、いかにもな若者たちの他に、ビートルズファンだったのであろう熟年の夫婦も連れだって来ていた。老いも若きも、わたしたちは1980年の悲劇を知っているだけに、せつない思いで画面を見つめ続ける。
そして、銃声が聞こえる。
長い休養をへて、活動を再開したレノンの、結果として遺作となったアルバム「ダブル・ファンタジー」のジャケット写真は、レノンとヨーコの静かなキスを撮ったものだ。撮影者は、篠山紀信である。
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