―今日の筑波山麓―
■今日(昨晩)のユーレカ! 湯川れい子は、おいらのかぁちゃんより年上だった。
YouTubeを聞いて、のんべんだらりんと過ごしている。関連動画で次々聴いていくのが好きだ。昨晩、たまたま、何の流れか忘れたが、アン・ルイスの「六本木心中」(http://www.youtube.com/watch?v=37YWdRj-k_E&feature=related)を聴いて、そして、見て、思いついた。まず、見ることから。コメントで、「レディガガ」、「ガガの20年先いってますな」とかあった。気持ちはわかないではないが、そういう感性、批評軸を持つということが、たまらなくぬっぽんずんだなぁ~と、おいらは感じた。
そして、一体全体この炸裂しちゃっていて、かつ、自然体ともいえる体面を保っている日本語の詩は誰が書いたのだろうと、調べた。湯川れい子。wiki。わぉ!1939年生まれ!おいらのかぁちゃんより、年上だ。びっくり。「痛い、おばさん~おばぁさん」に違いない、湯川れい子。おいらは、小学生の頃から、湯川れい子を知っていた。理由は彼女が「ビートルズ屋さん」だったからだ。当時おいらが浴していたラジオなどのビートルズ関連の番組では、出ていた。ビートルズに直接会った人の証言ということで。
wikiにある。「1966年6月にビートルズが来日した際、湯川は関係者に紛れ込んで宿泊中のビートルズと面会を果たしたが、ジョン・レノンに無視された。」とあるが、ジョン・レノンは1940年生まれなので、その時、湯川れい子は「年上の女」だったのだ。もっとも、のち結婚する、小野洋子は1933年生まれ。おいらが邪推するには、ジョンが湯川れい子を無視したのは、年増好き@大和撫子好きの自らの好みを意識しすぎて、あと、小心者だからびびって、無視したんでないの。
1980年代に入って、おいらが高校生の頃、「昔、"日本語でロックは可能か?"という論争があったんだ」って、と知る。今ググるとあった。日本語ロック論争(にほんごロックろんそう)(wiki)。そんな大層な命名がなされているとは知らなかった。
そんな、日本語ロック論争などの以前から活躍されていた湯川れい子センセは、淡々と?やすやすと?ロックした=炸裂した日本語の詩(うた)をうたっていたのであった。
で、話はずれるけど、日本語って簡単なんだよね。「音」が。だから、非日本語人も日本語の音を覚えて、歌うことは案外簡単。もっとも、意味を詩うのは、どうなんだろう。日本人でも、『丸の内サディスティックス』をdictation(言葉を耳で聞いて、字に起こして、意味を述べよ)できるのはかない難解。おいらも、字面(じづら)でこの歌詞を見ないことにしている。そうすると、毎日脳内で詩っていて、ある日都内に行くと、あ~、お茶の水って楽器店街なんだ!と知ってびっくりできた(愚記事; お茶の水 茗渓 仙台堀)。発音しやすく、歌いやすい言葉でも、炸裂しちゃっていて、かつ、自然体ともいえる体面を保っている『丸の内サディスティックス』。おそるべし、林檎。
↓『丸の内サディスティックス』を歌う毛唐さん@ラテン系@頭細いことに注目;
でも、正坐しなくても、日本語は発音できるんだけどぉ~....
Marunouchi sadistic (Tokyo Jihen) - FONEMA