いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

仙台参り 【2007】 ページェント通り

2007年11月21日 19時49分12秒 | 仙台・竹雀・政宗
(注意; 定禅寺通りのことではない。)

ページェント;
pageant (歴史的な場面を舞台で見せる)野外劇。 (時代衣装などを身に着けた壮麗な)行列、山車(だし)、はなやかな見もの。


-- お城方面から、広瀬川を渡り、仙台の街へ向かう車列 --

この風景は、仙台雑民が、藩政時代はお城からの大名行列を、そして日帝時代には、出陣する陸軍第二師団を見物できる最前線なのである。 今回気づいたのは、仙台雑民は参勤交代の 上下に動く 鑓の先の毛飾り を最初の光景として、広瀬川に架かる大橋を渡り、段丘を上がる坂道を登るものとして目に入れるのであった。なぜなら、(たぶん)町人は広瀬川を渡って、お武家様地域に行けなかったのだろうから。


大橋からお城の方を見た画像。
ページェント通り。 お披露目通り。
大手門を出た行列はこの通りを進み、物見高い仙台雑民の視線集まる市街へと向かう。
写真中央の樹木の中に櫓(やぐら)が見える。ここに仙台城の大手門があった。

この門をくぐり、藩政時代は伊達家の行列が出発し、日帝時代は大日本帝国陸軍第二師団が出撃した(写真あり)。


古写真。 昭和20年7月20日、空襲で焼失。

↓スペクタクル


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