もう一つの風景
18
スロープを上がり外に出た。太陽の光が眩しい。外気に触れると別世界に出た気がする。あのじめじめした場所と時間を共有しながらこんな外の場所があるのが信じられない。ここには時計の時間ではなしに、一日の中の昼間という時間が流れている。太陽も風も空気も晩秋の昼間だ。
房子は大きく深呼吸をした。あの女にも、私の知らない生活がある。そこにある掃いても掃いてもなくならないゴミを私に向けているのかもしれない。しかし、そんなのは迷惑だ。あいつのゴミを自分が被らなければならない理由も義理もないんだから。だが、何故かかわいそうな気がする。自分と同じように哀れに思う。狭い場所で、湯気に濡れながら他人の飯を炊き、食べ残しに手を汚し、米粒のこびりついた食器を洗っているのはあの女も私も同じなのだ。
「もう、寒いなあ」
いつの間にかKが横にいた。
「急に寒うなって」
房子が話を合わせる。
別に話すこともないので、房子は黙って、職員がバトミントンをしているのを見ていた。Kは煙草に火をつけた。
「なんか、元気ないなあ」
「ええ、今朝お財布落としてしもて」
すんなりと嘘が出た。ぼんやりと考えていた事がこの嘘だと後で気がついた。
「そら、こまったやろ。警察には届けたんか」
「ええ、せやけどあかんと思いますわ」
語尾が消えるように小さく言う。
「まあな、せちがらい世の中やからな」
男は根元まで煙草を吸い足元に落とし、丹念に踏みつけた。頭を下げて、Kから離れた。Kは何かを考えるように踏みつけた吸い殻を靴先で地面ににじりつけていた。
その日、スロープをあがると、Kが待っていた。
「困った時はお互いや」
そう言って、房子の手に茶色の封筒を握らせ、足早に姿を消した。
外に出て、中を見ると、二万円入っていた。当時の房子の給料より多い金額だった。その金が意味することを知りながらも、房子には必要な金だった。To be continued
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スロープを上がり外に出た。太陽の光が眩しい。外気に触れると別世界に出た気がする。あのじめじめした場所と時間を共有しながらこんな外の場所があるのが信じられない。ここには時計の時間ではなしに、一日の中の昼間という時間が流れている。太陽も風も空気も晩秋の昼間だ。
房子は大きく深呼吸をした。あの女にも、私の知らない生活がある。そこにある掃いても掃いてもなくならないゴミを私に向けているのかもしれない。しかし、そんなのは迷惑だ。あいつのゴミを自分が被らなければならない理由も義理もないんだから。だが、何故かかわいそうな気がする。自分と同じように哀れに思う。狭い場所で、湯気に濡れながら他人の飯を炊き、食べ残しに手を汚し、米粒のこびりついた食器を洗っているのはあの女も私も同じなのだ。
「もう、寒いなあ」
いつの間にかKが横にいた。
「急に寒うなって」
房子が話を合わせる。
別に話すこともないので、房子は黙って、職員がバトミントンをしているのを見ていた。Kは煙草に火をつけた。
「なんか、元気ないなあ」
「ええ、今朝お財布落としてしもて」
すんなりと嘘が出た。ぼんやりと考えていた事がこの嘘だと後で気がついた。
「そら、こまったやろ。警察には届けたんか」
「ええ、せやけどあかんと思いますわ」
語尾が消えるように小さく言う。
「まあな、せちがらい世の中やからな」
男は根元まで煙草を吸い足元に落とし、丹念に踏みつけた。頭を下げて、Kから離れた。Kは何かを考えるように踏みつけた吸い殻を靴先で地面ににじりつけていた。
その日、スロープをあがると、Kが待っていた。
「困った時はお互いや」
そう言って、房子の手に茶色の封筒を握らせ、足早に姿を消した。
外に出て、中を見ると、二万円入っていた。当時の房子の給料より多い金額だった。その金が意味することを知りながらも、房子には必要な金だった。To be continued