創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊6

2013-08-10 08:55:50 | 創作日記
庭を横切り、小走りに後に続いた。門を通り抜け、川に沿う道に出た。川には灯籠が次から次へと流れていた。僕はゆっくりと歩いた。灯籠流し。いつか海に着くのだろうか? 女も歩を緩めたようだ。橋を渡った。神社に向かっているようだ。また、庄屋道に入った。家々の軒先には提灯がぶら下げ、人通りが増えた。女にはぐれないように、人にぶつからないように歩くのはかなり難儀だった。だが、村人達にぶつかることはなかった。空気のように通り抜けることが出来た。音頭が近づく。
”裏の井戸端で 米とぐ娘 腰を振り振り 白汁流す"
"主を待ち待ち 尼子の橋に 待てば出てくる お月様"
"色で迷わす 西瓜でさえも 中にゃ苦労の 種がある"
"踊り踊るなら しな良く踊れ しなの良い娘は 嫁にとる"
"盆が来たとて なにうれしかろ ほどいて 縫うひとえもの"
"川の向こうに なじみを待てば 霧シ雨でも 気にかかる"
"お月様でさえ 夜遊びなさる ワシの夜遊び 無理はない"
"星の数ほど 女はあれど めざすは女 ただひとり"
"浅い川なら 膝までまくり 深くなるほど 帯をとく"
"入れておくれよ かゆくてならぬ 私がひとりが 蚊帳の外"
"お前どこ行く 青筋立てて 犬はふりまらで 旅をする"
"踊る踊る娘は なぜ足袋はかぬ はけば汚れる 底抜ける"
女は笑った。僕も笑った。
境内に櫓が建っていた。その周りを村人が踊っている。何かが手に触れた。
「踊ろ」
女が言った。そして、手を引かれた。

ATOK Pad i OS

2013-08-09 18:28:11 | 身辺雑記
iPadでの日本語入力がつらいので「ATOK Pad i OS」を購入しました。私にとって結構ハードルが高く、サポートに問い合わせながら、単語登録の同期は出来ました。でも、メモの同期は、iPad→PCにしてしまったようで、今までのPC側のメモは消えてしまいました。大事なメモはバックアップが必要ですね。それと、ATOK Pad for iOSでの日本語入力はPCと別物と考えた方がいいですよ。

補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊5

2013-08-09 06:31:08 | 創作日記
八月八日は世阿弥の命日。墓参りに出かけていて、忘れていました。三時頃急いで出かけましたが、終わっていました。また、来年ですね。生きていたら、忘れずに。
障子が開いた。音が戻ってきた。盆踊りの音頭が聞こえた。だが、さっきのとは違った。
「念仏踊りよ」
前を行く声が言った。
"早く来い来い 七月七日 七日過ぎれば お盆様"
"鉦や太鼓は だてに叩かぬ 仏の供養だ 南無阿弥陀仏"
"念仏申したって だてには申さぬ 仏の供養だ 南無阿弥陀仏"
"盆はうれしや 別れた人も 晴れてこの世に 会いに来る"
"じゃんがら念仏で 供養すれば 地下の仏さんも うれしかろ"
"念仏するのは 仏の供養 田の草取るのは 稲のため"
"稲にゃ穂がでる 日和は続く 味間(あじま)は 盆おどりよ"
女は歌った。渡り廊下を一筋の風が走る。僕は後を追った。控え室の障子が音もなく開いた。中にいるのはさっきの人々ではなかった。農民もいる。侍もいる。女もいる。子供も老人も。笑い、喋り、奇声をあげているのもいる。日本語に違いないのだが、単語がかろうじて分かるだけで、言葉が理解出来ない。
「行きましょう」
女が耳元で囁いた。


補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊4

2013-08-08 05:36:36 | 創作日記
本堂に入った。灯明が燃えている。法師は一人で、小さく読経している。庭でないているコオロギの声に同調しているみたいだ。和助さんは僕の背後に座った。
「村のものは法事に出ることはできません。あっしも村のものですから、お出でになりましたら、退出させてもらいます」
「それで僕が呼ばれたのですか。どうして村の人は出られないのですか」
「どうしてでしょうね。言い伝えです。ただ、阿茶(あちゃ)様は村の方ではありません。なぜか村では100年に一度法事をしています」
読経は終わり、法師が退場した。気づくと和助さんの気配も消えていた。
「ふ、ふっ」
っと、笑い声がした。娘の声だ。
「阿茶(あちゃ)様?」
「そうです」
鈴が鳴るような声というのだろうか。いつの間にかコオロギの声も消えていた。遠くで聞こえて盆踊りの音も消えた。全ての音が消えていた。ふっと、灯明が消えた。真の闇になった。「逃げたい」と思った。だが、動けなかった。
「姿は見せないのですか」
僕は言った。
「ふ、ふっ」
っと、女はまた笑った。

貴婦人と一角獣展

2013-08-07 08:25:40 | 創作日記

貴婦人と一角獣展」に行ってきました。大阪国際美術館へは京阪京橋駅から中之島行きに乗って、渡辺橋下車です。淀屋橋行きではありません。私も間違いかけました。2c出口を出て、左へ。次の信号を渡ると見えてます。
六枚一組の巨大な織物です。圧倒されました。触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚の五枚が続き、最後の絵には唯一文字が書かれています。それは、「我が唯一の望み」。この流れは一体何なのでしょう。1500年の世界に迷い込んだような気がします。思い切り空想の翼を広げ、自在に飛び回ることが出来ます。次のデジタルシアターもタピスリー(壁掛けなどの室内装飾用の敷物)の世界を視覚的に分かりやすく説明しています。素晴らしい展覧会です。ぜひ。













補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊3

2013-08-06 06:10:22 | 創作日記
座敷の障子にいくつか影が映っている。女もいるようだ。踏み石から、廊下に上がった。先に立った和助さんが、ひざまずいて障子を開けた。庄屋がいた。息子達の姿はなく、女が二人いた。娘だろうか? 村人らしい男が三、四人いた。膳が用意されていて、酒を飲んでいた。
「やあ、すんまへんなあ。い……」
「岩田です」
「せや、岩田はんや」
庄屋は、顔を真っ赤にしている。ろれつも少しおかしい。僕は空いている膳を手で示された。酒は嫌いな方ではない。喜んで座った。出囃子(でばやし)が鳴って、障子を開けて落語家が入ってきた。正座して障子を締め、一番下座に用意された座布団に座った。
「ええー、今夜は阿茶(あちゃ)様の五百回忌と言うことで、「あちゃ」なんて」
つれとおんなじレベルだ。誰も笑わない。勝手気ままに喋っている。僕は手酌で飲んだ。
「えらい気のきかんことで。克子、お客に酌せんかいな」
克子と呼ばれたのは、浴衣を着た大柄な女だった。もう一言つけ加えたら、とても不細工な女だった。女は僕の前にドタッと座った。僕は、化粧の匂いに顔をそむけた。そのひようしに落語家と目が合った。落語家は注目されていると思ったのだろう、もみ手をして、嬉しそうに笑った。
「ええ、お後がよろしいようで」
終わったようだ。
和助さんが近づいてきて、僕の耳元で囁いた。
「準備が出来たようで」
渡り廊下に出たが、誰もついてこない。
「僕だけですか?」
先導する和助さんに声をかけた。
「そうです。そろそろ阿茶(あちゃ)様が来られます」


補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊2

2013-08-05 17:45:05 | 創作日記
団地を出ると、闇が深くなる。今夜も月は見えない。2回目だから、少し落ち着いて回りを観察した。少し涼しくなったようだが、まだ蒸し暑い夜だ。橋を渡る。地蔵に蝋燭が燃えていた。この地点から、温度が下がった。少しずつ違う場所に歩を進めているのだろう。盆踊りをしているようだ。涼風に乗って聞こえてくる。
「今夜は落語もあります」
和助さんが言った。
「落語?」
「二つ目だか、三つ目だか。聞けたもんじゃありません。短いのが救いです。初代の桂文枝はよかった」
「今は三枝ですね」
「あれはダメです」
一言で切り捨てた。
「初代の桂文枝をお聞きになったんですか」
「ええ、補厳寺に定席を持ってました」
僕はもちろん知らない。iphoneで「初代桂文枝」を探してみる。明治の落語家だ。
「もうちょっと行くと、携帯電話の電波が届きません。補厳寺は電波の谷間らしいです。あっしは困りませんが、若い者は文句たらたらで」
公園に着いた。今日は子供たちが、四、五人遊んでいた。虎とリスに子供が乗っている。虎もリスも楽しそうだ。

門は開いている。前と同じで、篝火が燃えていた。門をくぐると、空気が一変した。
「ここから、変わるのだ」

補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊 1

2013-08-03 09:00:59 | 創作日記
ポストに案内が入っていた。
補厳寺(ふがんじ)参る。八月十四日、午後八時より。阿茶(あちゃ)様五百回忌。盆供養も行います。
「阿茶(あちゃ)様って誰」
案内を覗き込んで妻が言った。
「知らない」
僕が答えると、
「あちゃ」
と、妻は珍しく冗談を言った。僕が驚くぐらい珍しいことだった。
「行くの?」
「行かない」
そんなことよりテレビの巨人・阪神戦の方が気がかりだった。阪神が勝つかもしれない。阪神が好きと言うより巨人が嫌いだった。結局、阪神が珍しく勝ってゲームは終わった。ipadにメールが来ていた。
補厳寺(ふがんじ)参る。追加。阿茶(あちゃ)様が出席されます。「五百回忌の本人が出席するの。幽霊じゃない」。僕はipadを畳みながら思った。そして、その件は忘れた。
八月十四日。ドアホンが鳴った。モニターに和助さんが映っていた。
「お迎えに上がりました」
とにかく玄関を開けた。
「無理強いみたいになったと」
「いいや、僕も行こうと思ってましてん」
自分の意思を持たない。これが僕の欠陥である。これがなければもっと出世しただろう。それでも、友達はいないな。



補厳寺(ふがんじ)参る 虎4

2013-08-01 06:31:07 | 創作日記
障子を開けて和助さんが入ってきた。
「用意が出来ました」
和助さんが言った。
「ほな、行こか。それと、い……」
「岩田です」
「せや、岩田さん。最後に言うとかんな。あんたは、立会人やから、どんなことがあっても、手を出したらあかん。じっと見とくや。あんたには何にも起こらへんよって」
僕は頷くしかなかった。
和助さんが先導して、庄屋を先頭に渡り廊下を歩いた。
外陣から、障子を開けて本堂に入る。燈明が燃えていた。

和助さんが、それどれの席に案内した。一番前の布張りの床几椅子に小夜さん、その横に、少し下がって、八郎君。その後ろに僕だ。その背後に庄屋一家。外陣に和助さんが控えた。

本尊、釈迦如来坐像の前で三人の僧侶が読経していた。
布張りの床几椅子に小夜さんの形のいいお尻がのっている。
八郎君は、人差し指を盛んに曲げたりしている。虎と指相撲をするつもりらしい。小夜さんはまっすぐに前を向いている。
「虎なんか出てきいひん」
「出てきたら、動物園に売ったる」
後ろで庄屋の息子達が話している。落ち着かない連中だ。がさがさと動いている。
小坊主が、襖を運んできた。和助さんと三男が襖を開いた。その瞬間、虎が小夜さんめがけて躍り出た。小夜さんは手を合わせて、小さくお経を唱えた。虎は少しひるんだようだ。
「八郎君!」
庄屋が叫んだ。長男と次男は部屋を飛び出したようだ。三男は腰を抜かして、起きようにも起きられない。何か叫んでいる。
虎は、小夜さんを睨みつけうなり声を立てた。八郎君はと見ると、人差し指を立てて、「いざ、勝負、勝負」と叫んでいる。次の瞬間、虎は小夜さんに飛びかかった。燈明の明かりに、深紅の血が飛び散った。僕は小夜さんに駆け寄った。
「動くな」
と、庄屋が言った。燈明の火が消えた。真の闇になった。
「帰ったようです」
和助さんの声がした。提灯の明かりが近づいてきた。本堂の中には他に誰もいなかった。目の前に屏風があった。和助さんが提灯を近づけると、虎がいた。じっと、僕の目を見ていた。その口元が深紅に濡れていた。
「和助さん」
そう言ったとたん、僕は、補厳寺の門の前に立っていた。月が昇っていた。闇夜ではなかった。蒸し暑さが戻ってきた。懐中電灯も必要でないぐらい明るかった。歩き始めると、虫の声が聞こえた。

補厳寺参る 第一話「虎」 了

近日に中に第二話が始まります。ご期待下さい。