
私は山本沙苗(さなえ)。
ニックネームは『姫』。
名付け親は、前の課長の鈴木さんだ。
あざなをつけるのだけが取り柄だった。
『お局』『トリプル』『トリオ』。
トリプルとトリオの差は微妙だ。
『円さん(主婦)』はそのまんまん。
関心がなかったのだろう。
私は短大卒で光一君より一個年上だ。
もう直ぐ三十路。
「大谷光一君を独り占めしないこと」の協定はもういいのかなあと思う。
あれは一昨年の忘年会で結んだ協定だ。
あの忘年会は乱れに乱れた。
課長の鈴木さんはお局の胸をわしづかみにしたし、小学生のトリオが悪酔いをしていた。
私も三つ子が六つ子に見えた。
みんなに了解を得る必要があるだろうか?
もういい。
私は光一が好きだ。
恋してる。
光一君がぼんやりした目で私を見ている。
「まだ帰らないの?」
私は言った。
少し言葉が震えた。
「何をしているの?」
「なんとなく」
「明日五九階に呼ばれているの」
「管理棟だね」
会話は途切れた。
でも、私は幸せだった。
連載小説「Q」第一部をまとめました。