今日は14年ぶりに友人との再会が叶った。
彼女とは今を遡る26年(!)前、1ケ月にわたる新任研修で机を並べた仲だ。(実際には私が前、彼女が後ろの席だった。)
職種は違って、薬剤師の資格をお持ちの彼女は技術系。私はただの事務屋なので、研修後は、全く違う畑を歩いていくことになった。当時、大卒程度の新規採用職員はとても少なかったし、彼女も私も、女性の職員が珍しい職場だったから、お互い、先輩達にとても可愛がってもらった記憶がある。そして、暇だったし若かった(?!)私は、彼女のお誘いに乗っかって、ずうずうしくも彼女の職場の先輩にテニスを教えて頂いたり、若手のスキーツアーに連れて行ってもらったりした。夏休みをとって2人で保養所に1泊2日で遊びに出かけたこともあった。
半年ほどしか間が空いていなかったお互いの結婚披露宴に出席しあったりもしたけれど、その後、2人とも昇任試験に合格した後は、彼女が私より一足先にお母さんになり(息子より4つ上のお嬢さんと1つ上の坊ちゃんのお母様だ。)、なかなかお会いすることが出来なくなった。
それでも、私が海外研修中には滞在先に手紙をくださったり、帰国後、坊ちゃんの出産後間もなくだったのに、お嬢さんを連れて職場を訪ねてくださったり、私の出産後、2人の小さなお子さんたちを連れて、わざわざ自宅まで遊びに来てくださったこともあった。
以来、10余年。
息子のベビーカーを嬉しそうに押してくれていたお嬢さんが大学2年生、坊ちゃんが高校2年生、というのだから年をとるわけである。よちよち歩きだった息子も電信柱のような高1になっているし・・・。
ずっとお目にかかることはなかったが、年賀状だけはやりとりを続けていた。
考えてみれば、当時の新任研修クラスの仲間は、研修終了後もしばらくの間はアフターファイブに集まったりもしたものだけれど、その後も個人的におつきあいを続けさせて頂いているのは今や彼女一人だけだ。看護師さん、保健師さん、栄養士さんなど、クラスの中に女性があと数人はおられたけれど(圧倒的に男性が多かった。)皆さんどうしていらっしゃるのだろう。
年賀状で近況報告はしていたので、3年前に再発したこと、翌年、治療専念のため休職中であることだけはお伝えしていた。その後、もし体調が許せばお見舞いに行きたいのですが・・・などとお葉書を頂いたりしたのだが、さすがに体も万全でなく、かつらを被り、眉もまつ毛も抜け落ち、爪も剥がれ落ち、浮腫んだ状態で再会する勇気がなかった。
だが、去年の5月、第九の合唱に出演する、とブログに書いたところ、チケットを手に入れたので聴きに行きます、とメールをくださった。当日はお会いしてお話することはできなかったが、確かに舞台に乗っている私の姿を観てくださったのだった。
それから1年が経った。
今も、私のブログを読んでくださっていて、3月下旬に「大学内のレストランに行ってみたい。」とのメールを頂いた。「暖かくなったら、ご案内しますので、是非どうぞ。」とご返事を返して今回の再会になった。
出会った頃は、当然のことながら2人とも20代前半だった。それからお互い結婚し、母になり、そして四半世紀以上勤め続けてきた。彼女も最初から定年まで働きたい、とおっしゃっていた。結婚する時、ご主人にそう言ったところ「無理じゃない?」と言われた、と憤慨されていたけれど、私は、おそらくこの後もしなやかに働いて、きっちり定年まで勤めあげられるのではないか、と思っている。
私はあと10年・・・ちょっと厳しいかもしれないけれど。
昨日の夜までは気持ちが悪かったので、今朝は体調調整のために、朝ヨガで汗を流してさっぱりしてから彼女と会った。おかげで体調もほぼ復活し、レストランのオープンからクローズまでランチとデザートで3時間半。14年の空白はどこへやら、仕事の話も子どもの話も・・・と、話は尽きなかった。その後、緑の眩しい夏の日のような学内を簡単にご案内してから、アウトレットパークでお買い物。さらにはカフェでまた1時間半話し込み、あっという間に6時間が過ぎた。
成人式の早撮りをした、というお嬢さんの振り袖姿を拝見し、こちらも先日の誕生日の息子の写真をお見せした。そして次回はお嬢さんも連れてショッピングにどうぞ、とお別れした。
彼女とは今を遡る26年(!)前、1ケ月にわたる新任研修で机を並べた仲だ。(実際には私が前、彼女が後ろの席だった。)
職種は違って、薬剤師の資格をお持ちの彼女は技術系。私はただの事務屋なので、研修後は、全く違う畑を歩いていくことになった。当時、大卒程度の新規採用職員はとても少なかったし、彼女も私も、女性の職員が珍しい職場だったから、お互い、先輩達にとても可愛がってもらった記憶がある。そして、暇だったし若かった(?!)私は、彼女のお誘いに乗っかって、ずうずうしくも彼女の職場の先輩にテニスを教えて頂いたり、若手のスキーツアーに連れて行ってもらったりした。夏休みをとって2人で保養所に1泊2日で遊びに出かけたこともあった。
半年ほどしか間が空いていなかったお互いの結婚披露宴に出席しあったりもしたけれど、その後、2人とも昇任試験に合格した後は、彼女が私より一足先にお母さんになり(息子より4つ上のお嬢さんと1つ上の坊ちゃんのお母様だ。)、なかなかお会いすることが出来なくなった。
それでも、私が海外研修中には滞在先に手紙をくださったり、帰国後、坊ちゃんの出産後間もなくだったのに、お嬢さんを連れて職場を訪ねてくださったり、私の出産後、2人の小さなお子さんたちを連れて、わざわざ自宅まで遊びに来てくださったこともあった。
以来、10余年。
息子のベビーカーを嬉しそうに押してくれていたお嬢さんが大学2年生、坊ちゃんが高校2年生、というのだから年をとるわけである。よちよち歩きだった息子も電信柱のような高1になっているし・・・。
ずっとお目にかかることはなかったが、年賀状だけはやりとりを続けていた。
考えてみれば、当時の新任研修クラスの仲間は、研修終了後もしばらくの間はアフターファイブに集まったりもしたものだけれど、その後も個人的におつきあいを続けさせて頂いているのは今や彼女一人だけだ。看護師さん、保健師さん、栄養士さんなど、クラスの中に女性があと数人はおられたけれど(圧倒的に男性が多かった。)皆さんどうしていらっしゃるのだろう。
年賀状で近況報告はしていたので、3年前に再発したこと、翌年、治療専念のため休職中であることだけはお伝えしていた。その後、もし体調が許せばお見舞いに行きたいのですが・・・などとお葉書を頂いたりしたのだが、さすがに体も万全でなく、かつらを被り、眉もまつ毛も抜け落ち、爪も剥がれ落ち、浮腫んだ状態で再会する勇気がなかった。
だが、去年の5月、第九の合唱に出演する、とブログに書いたところ、チケットを手に入れたので聴きに行きます、とメールをくださった。当日はお会いしてお話することはできなかったが、確かに舞台に乗っている私の姿を観てくださったのだった。
それから1年が経った。
今も、私のブログを読んでくださっていて、3月下旬に「大学内のレストランに行ってみたい。」とのメールを頂いた。「暖かくなったら、ご案内しますので、是非どうぞ。」とご返事を返して今回の再会になった。
出会った頃は、当然のことながら2人とも20代前半だった。それからお互い結婚し、母になり、そして四半世紀以上勤め続けてきた。彼女も最初から定年まで働きたい、とおっしゃっていた。結婚する時、ご主人にそう言ったところ「無理じゃない?」と言われた、と憤慨されていたけれど、私は、おそらくこの後もしなやかに働いて、きっちり定年まで勤めあげられるのではないか、と思っている。
私はあと10年・・・ちょっと厳しいかもしれないけれど。
昨日の夜までは気持ちが悪かったので、今朝は体調調整のために、朝ヨガで汗を流してさっぱりしてから彼女と会った。おかげで体調もほぼ復活し、レストランのオープンからクローズまでランチとデザートで3時間半。14年の空白はどこへやら、仕事の話も子どもの話も・・・と、話は尽きなかった。その後、緑の眩しい夏の日のような学内を簡単にご案内してから、アウトレットパークでお買い物。さらにはカフェでまた1時間半話し込み、あっという間に6時間が過ぎた。
成人式の早撮りをした、というお嬢さんの振り袖姿を拝見し、こちらも先日の誕生日の息子の写真をお見せした。そして次回はお嬢さんも連れてショッピングにどうぞ、とお別れした。