日々の覚書

MFCオーナーのブログ

晴れたらいいね

2005年10月09日 21時40分46秒 | 音楽ネタ
今日の関西地方は快晴だった。やはり天気は晴れの方がいい。これだけ気持ちよく晴れていると、少々の悩み事・心配事などはどこかへ消えてしまう。もちろん、あくまで“少々の”ことであって、生きるか死ぬかの重要な局面に立たされている人にとっては、ちっとばかり晴れた所で何の気休めにもならないだろう。それは承知の上で、やっぱり晴れの日はいい。

世間では、「晴れ=いい天気、雨=悪い天気」という認識が一般的だと思うが、ある人が「雨が必要な地域もあるし、雨のおかげで生活出来ている人たちもいるので、必ずしも雨=悪い天気とは限らない」と言っていた。ま、そんな屁理屈はどうでもよろしい。朝起きて晴れていると、気分がいいし気のせいか体調もいい。晴れるにこした事はないのである。

さて、今回の記事のタイトルだが、もちろんDreams Come True(以下ドリカム)のヒット曲からきている。で、僕はこの曲、はっきり言って嫌いだ。ドリカムだって、あんまり好きではない。何故、好きでないかというと、演奏や歌唱・音作りなどと比べて、楽曲のレベルがあまりにも低過ぎるからだ。この「晴れたらいいね」に象徴されるように。

近頃(でもないけど)サザン・オールスターズは嫌いだと公言する人が周りにも案外いて、僕はもサザンは好きではないが、音楽としてのクォリティが非常に高いのは認めざるを得ないので、特に嫌悪感を感じることはない。積極的に聴こうとしないだけだ。しかし、ドリカムは違う。嫌いである。聴きたくない。感性も耳も拒否反応を示している。だいたい、前述したように音楽のレベルが低い。「晴れたらいいね」なんて、はっきり言って子供の鼻歌である。ドリカムの魅力のひとつとして、ある雑誌で「意表をつくメロディライン、セオリーを無視した曲展開」が挙げられていたが、ドリカムの場合は単なる適当と言っていい。確かに、セオリーだけでは人の心を掴むメロディは作れないし、正規の音楽教育を受けていないと、音楽を作っちゃいけないという訳でもない。実際、ジョン・レノンやニール・ヤングみたいに、そういった物にとらわれず曲を作る人もいる。だけど、ドリカムの曲がジョン・レノンやニール・ヤングのレヘルに達しているのか。天才が感性のおもむくままに音楽を作るのと、凡人が適当にフガフガ言って曲をでっち上げるのとを一緒にしてはいけない。

全ての曲を制覇した訳ではないので偉そうな事は言えないが、ドリカムの楽曲レベルは明らかに低い。プロのレベルとは言い難い曲が多すぎる。こんなので著作権使用料が発生してるなんて信じがたい。吉田美和という天才的ボーカリストがいるから、良い曲に聞こえるだけなのである。「晴れたらいいね」なんて特にひどい。ちょっとそこのあなた、この曲歌ってみて下さい。ヘンな曲だと思いませんか? メロディとは言えないメロディ、意味のない転調、落ち着きのないリズム。実にひどい。イライラする。こんなのより、もっとレベルの高い物を作る素人が、世間にはうじゃうじゃいると思う。

ついでに言うと、歌詞も気に入らない。車のブレーキを5回踏んで愛してる、とかふざけるのもいい加減にしろ、と言いたくなる。ま、これは好みの問題と言えなくもないが(笑)

とにかく、歌とアレンジ以外は素人レベルのドリカムが、何故こんなに高い人気を保ち続けているのか、不思議でならない。B級扱いの愛すべきバンドなんかではなく、押しも押されもせぬトップスターなのだ。素人レベルだから、とっつきやすいのか。でも、ドリカムのカラオケは難しいぞ。何なのだ、この矛盾は。本当に訳が分からない。

と、晴れた日からの連想で、こういう事を書いてみました(笑) 怒る人もいるだろうが、不人気ブログだし、気にする事はあるまい(爆)

コメント (21)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする