Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

三文小説(44)

2017-09-03 10:52:58 | 日記

 駅への道を歩きながら、あれこれと世間話をする女性2人です。

「私の家も昔は結構裕福な家だったのよ。野原さんのお家ほどではないけれど。あの子の父と結婚してから実家の身代が傾いてしまってね、今では見る影もないけれど…。」

「それでも、肇が幼い頃はまだ余裕があって、結構良い生活をさせてやった物よ。そのせいで病気になったのかもしれないけれど。あの子甘いものが好きでね。」

「それが今ではその日暮らしのよう。こんな長屋のような場所に住んで…。」

小手川君の母はそう言って顔を曇らせました。野原さんはそんなおば様を励まそうと思いました。

「まぁ、内もそうなに裕福とは言えません。祖父の代には結構はぶりもよかったようですが。父は普通のサラリーマンですから。今の資産はそう大したことは無いですよ。」

そんな話をするのでした。

 「今ではごく普通の家と変わりません。祖父の時のお金もどの位残っているのか、先々の事は分かりません。」

「だから私も勤めて頑張っているんです。自分の事は自分で賄えるようにと思って。」

野原さんはそう言って小手川君の母の顔を見詰めると、元気付けるように笑いかけるのでした。

 そんな野原さんを横目で見るようにして微笑みながら、顔を背けるようにして小手川君の母は独り言のように呟くのでした。

「あなたが、野原さんが、私のようにならなければよいけれど。」

『あの子達にもよく言っておかなければ。』母は決心するのでした。

 

 

   「三文小説1」…終


三文小説(43)

2017-09-03 10:34:42 | 日記

 「おば様、住所の事は気になさらないでくださいね。」

野原さんのこの言葉を聞き流しながら、『あの子大望を持ったんだわ。』母は思いました。『身の程知らずな。』そう思った時、母はふと気付きました。

 『それであの子達、私に聞こえる様にあそこで喋っていたのね。』私に課長とこの子の事を聞き出させようとしたんだわ。小手川君の母は悟りました。

「私夕方の買い物が有るの。駅前まで行くからお送りしましょう。ご一緒に出られたら。」

と、決心したようにニッコリと彼女に微笑みました。

  野原さんもニッコリ笑うと、この小手川君の母の意見に同意しました。彼女は通勤鞄を持ち立ち上がりました。小手川君の母が買い物の用意をするからと台所へ消え、野原さんはこの間に玄関に立つと靴を履きました。直ぐに母は玄関の所まで戻って来ました。2人は連れだって家の前に立ちました。

 「野原さんが帰られますよ、私が買い物ついでに駅まで送って行きますから、お前は父さんが帰るまで留守番をお願いね。」

小手川君の母が隣に声をかけると、急いで小手川君がやって来ました。

「やぁ、ごめんごめん、もう少しゆっくりしていけばよいのに。」

彼はそんなことを言いましたが、野原さんは遅くなるからと彼に微笑むと、さようならと声をかけ、彼の母と連れだって駅への道を歩き始めました。この間、松山君は顔も出さず声も聞こえませんでした。


三文小説(42)

2017-09-03 10:18:33 | 日記

 「では、あなたはあの子の事をどう思っておられるの?」

母は皮肉っぽく微笑むと野原さんに息子への意見を求めました。

「良い方ですよ、親切だしとても愛想がよいし。頼むと何でもしてくださって。」

まぁ、あの子がね。母は驚きました。元気が無くて家では布団の上げ下げさえもしない子が、そこまで頑張っているなんて…。そう思って考えている内に、母は息子の下心に気が付くのでした。

 「野原さんのお住まいはどちら?」

「山の手公園街です。」

「ああ、聞いた事があるわ、資産家ばかりが住んでおられる街ね。」

この小手川君の母の言葉は、彼女が聞き慣れた言葉でした。住所を言うと、皆一様に笑顔で愛想よくなるのでした。野原さん自身も自分のこの裕福な環境の恩恵をよく知っていました。街の名前を言う事は、時には誇らしくさえ感じて来ました。けれども、彼女はそういった相手の反応に、もう慣れて久しくなっていました。

 「家はそんなでもありません。そこの場所に住んでいるというだけの事です。」

野原さんは軽く笑うと、ちょっと寂しそうに慎み深く答えました。そして、『私が勤めているくらいですもの。家は自分の面倒は自分でですもの。』と思うのでした。


三文小説(41)

2017-09-03 10:06:49 | 日記

 「何でも長期療養する事になり退社されたとか。」

「ええ、その通りよ。」

野原さんの返事に、小手川君の母は段々課長に対する怒りが湧いてくるのでした。

「あの人、そんな人だったんですね。先日も息子を家まで送って来てくれて、親切でにこやかで、とても愛想の良い人だと思っていたのに。でも…」

そうだ、確かに愛想よさの中にもひやりとした感じがあったと母は思います。

 母は涙がこぼれ落ちそうになりました。『不憫な息子、今の会社でもそんな目に遭っているなんて。前の会社でも病気の事が分かってから同じような事があったけれど、これでは恋どころか、今の会社でも嫁の来ては無いわね。』

そんな落胆した彼の母の様子に、野原さんは同情を禁じえませんでした。

 彼女は、座布団にぺったりと腰を下ろして客間に落ちつくと、

「でも、おば様、小手川君って仕事が良くできるんですよ。成績もいいし、話も巧みで面白いし。きっと出世なさいますよ。」

せっせと彼の母を慰めるのでした。母の瞳の奥に暗い光が宿りました。


三文小説(40)

2017-09-03 09:56:13 | 日記

 「いえ、小手川君の事は課長から頼まれていません。」

野原さんは次の言葉を言い淀みました。むしろその逆だったのだわ、と内心呟きながら顔を曇らせるのでした。

 そんな彼女の表情を読みながら、小手川君の母は課長と彼女の間に何かあるのでは無く、課長と息子の間で何か確執があることに気付きました。

「課長さんと息子の間で何かあるの?」

母は野原さんに訊いてみました。野原さんは視線を落とすとこくりと頷きました。

「私に、小手川君には気を使わなくてよいと言っておられました。」

野原さんの返事を聞いて、母はあれこれと思案しながら、それでもあなたは内の子に親切にしてくださったのね。などと上の空で静かな声を出すのでした。

 「前の会社でも…、内の子が以前他の会社に勤めていた事はご存知?」

「ええ、課長から。」

まぁ、母は驚きました。

「そんな個人情報まであの課長はあなたに喋ったのね、それではあの子の病気の事は?」

そう小手川君の母に尋ねられて、野原さんは頷いたものの、詳しくは聞いていないと答えるのでした。