「へーえ、食事時に妻と子がねぇ。」
彼の母はそう言うと、意味ありげに夫に目配せしました。夫は黙っています。店主も気付かない振りで愛想笑いを浮かべて立っていました。
「あんたさん、食事時に嫁さんと子供が消えたそうですよ、如何したんでしょうね?」
妻は続けました。
世の中全く不思議な出来事が起こる物ですね。戦後この方色々変わった事に出会いましたけれど、全く信じられない事ですよ、おさんどんの主が食事の時間に消えるなんて…。私一度でもあんたさんやあんたさんの家族にそんな真似しましたかしらねぇ、あんたさん?。
そんな事私達の時代には聞いた事も無いし見た事も無い出来事ですよ。全く信じられ無い話しですよ。ねぇ、あんたさん、聞いておられますか?
「信じられ無い。そんな事をした事も無いこの私の息子の身にそんな出来事が起こるなんて。」
彼女は如何にも感慨深そうにそう言うと、さも呆れたように息子から目を反らし、さりげなくハンドバックからハンカチを取り出しました。それで如何にも食事の口元を拭くふりをして、彼女は自分の顔に浮かんで来るせせら笑いを息子の目から隠しました。そして夫の袖を引きました。ねぇ、あんたさん、何とか言ったらどうです。このまま嫁に無駄遣いさせて置く気ですか、
「あんたさんが連れて来た嫁さんでしょう。」
妻は何かというと、この目の前の息子の嫁の出来事には、この言葉を夫に浴びせるのでした。しかしこの時迄に続いて来た妻のこの言葉に夫は少々閉口して来ていました。いくら妻の常套句とはいえ、流石に堅牢な彼でもこう度々言われては身が持ちません。
「まぁ、何れ一言いおうとは思ってはいたんだ。」
彼は妻に対してこの件について初めて返事をしました。