『冷えてきたようだな。暖かそうにみえてもまだ2月の事だ、すっかり冷えてしまわない内にもう帰ろう。』
紫苑さんはそう思いベンチから立ち上がりました。何回か季節が巡る度、折に触れて時節の移ろいを感じる今の様な時期になると、彼は同じような状態に見舞われるのでした。
『いい加減にこんな感傷に浸るのもうんざりだな。』
未だ寿命が尽きそうにもないし、そう雄々しく逞しく考えると、よいせと彼は立ち上がりました。
日向の散策路を辿りながら、彼はまた先程の青年の事を考えていました。明るく親しみのある少年の様な笑顔でした。
『詐欺か。』
ふと自分の人生に1度、詐欺というものに遭ってみてもよかったかな、と、彼は思いました。さっきの青年の、自分に向けられた邪気の無い不思議な笑顔を思い浮かべてみると、『それも一興かもしれない。』と感じました。
詐欺の手口というものに、そんな自分には想像もつかない世界の、手練手管というものを味わって、当事者として体感してみるのも面白いかもしれない。『自分が事件の渦中の人となってみようかしら。』この時の紫苑さんには、未経験の出来事をそれなりに体験して味わってみるのが、自分の終焉に近い人生の中では興味深い出来事になるように思われて来るのでした。彼は自分の突拍子も無い考えにふふふと笑いました。その笑いは自虐的な笑いというのではなく、何か楽しい事を想像する少年のような笑いでした。…面白いかもしれないなぁ。