そんな初期の頃の出会いから、以降、2人は図書館で顔を合わせる度に親しさを増していくのでした。用心深い紫苑さんはその年の4月に入ると、早速、ミルが入学した筈の、院のある大学へと赴きました。彼は大学の受付窓口で学生の知人だと名乗り、鷹夫という名前の人物が確かに4月からここに在籍しているかどうかと尋ね、ミルの紫苑さんへの言葉の真偽を確認しました。
「いやぁ、入学祝いをと思いましてね。」
紫苑さんは笑顔を作るとそんな事を言いました。こうやって応対に出て来た事務方の人にそれらしい訪問目的を告げると、自分は過去にどこそこの大学で教鞭をとっていたから、彼の研究のアドバイス等したいと思い、その参考にしたいからと申し出て、この大学でのミルこと鷹雄の専門カリキュラムなど尋ねるのでした。自由な大学の気風が主流の時代です、事務の人はにこやかに愛想よく出来るだけ細やかに説明してくれると、鷹夫の下宿などへの行き先も親切に教えてくれるのでした。
「いやぁ、ありがとうござました。早速祝いの品を持って訪ねます。」
紫苑さんはにこやかにミルの学舎を後にしました。
大学の門を出て、街路樹の通りを歩きだした紫苑さんは、自分の予想が外れた事に少々気落ちしていました。
『まぁ、いいさ。事実なら事実でも。そんな偶然というものも有るのだろうさ。』
彼はやや自虐的に内心呟き、それからすぐに顔を綻ばせました。彼は表情も明るく目を細ませるとにこにこと笑顔になりました。彼にはミルの言葉が嘘では無かった事が返って嬉しく思えたのです。
「まぁ、よかった。」
ぴーんと張りつめていた気持ちを緩めて安息すると、彼は自分の目に飛び込んで来る春爛漫の万物の風景や、散り敷いた桜の花びらに新しい季節の到来と生命の息吹を覚えるのです。彼はここ数年の恒例行事、暖かくなって痛んできた腰に手を遣るのでした。痛む部分を摩りながら背筋を伸ばし、しゃんとするとここ若人の学生が行きかう欅の街路を負けじとばかりに颯爽と歩いて行くのでした。