1週間ぶりに図書館にやって来た紫苑さんです。中学当時、坊屋君の親身な声掛けに何の嬉しいお礼の言葉も返さずに過ぎてしまった。と、その穴埋めの様に、彼はここで出会った若者に何かしら謝辞を返したいと考えていました。
『人は違うけれど。』
紫苑さんは思います。内面同じ様な人物なのだろう。中学当時を思い出した彼は、坊屋君が如何にもクラス委員然として、旧友の皆に声掛けしていた姿を思い出すのでした。彼はあれでよく出来た人物だったなぁと、自分の融通の利かない性格に思い至るのでした。『そうは言っても嫌な物は嫌だ。』未だに好き嫌いの激しい紫苑さんでした。
椅子に腰をかけて考え事に耽り、漸く一区切りついた頃、紫苑さんはやおら立ち上がると書架のコーナーへと足を進めました。今日は何を借りようかしらと、思い切って造園の、春からの庭づくりの参考になりそうな趣味の本でも借りようかと考えました。それで何時もの文学関係の書棚の方向ではなく、実用的な趣味の本が置いてある場所へと、図書館内部の案内を見ながら歩いて行きました。
「あれ、」
「おや、」
2人は同時に声を発しました。書棚の影から現れた男性の顔を見て紫苑さんは驚きました。それは彼にとって嬉しい驚きでした。が、ここでの彼との出会いが、紫苑さんに取っては本当に思いも掛けなかった事だっただけに、彼はその若者の顔を見た時にはハッとしたものです。そして自分が今日捜していた若者だと合点すると、漸くにこやかに穏やかな笑顔を作って若者に見せました。
「君、今日も図書館に来ていたのかね。」
若者は臆する事無なくはいと言葉を返すと、にこやかな笑顔で紫苑さんに接してきました。