Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

親交 9

2019-03-08 12:29:19 | 日記

 そんなことがあってから、紫苑さんは珍しく登校が続くようになりました。それは彼がこの一件で坊屋君と親しくなったからというわけでは無く、彼の癇にさわる生徒がこの学年の教室にはいなかったからでした。思えば受験の学年、皆自分の事に忙しく、他人の事まで気が回らなかったとみるべきかもしれません。

 ある日、彼は教室の自分の席に落ち着くと、今までになく教室内の雰囲気などゆったりと眺めてみるのでした。それまでの彼といえば、誰かしらと目が合い衝突するのを避ける為、極力机の上だけを視界に入れて他人と目が合わないよう努力していました。その為彼は教室にいる時は常に教科書から顔を上げず、しかめっ面をして周囲など無視したっきりでいたのです。これは彼が誰かと視線が合うと、何かしら我が身に揉め事が降りかかって来ると感じ、嫌な思いを避けようとして取った手段でした。彼は今までの数々の経験で揉める事に懲りていました。

   そんな彼でしたから、坊屋君のかけてくれた言葉や笑顔は、彼が中学生になってからは殆ど初めての事でした。彼はその時迄、同じ小学校出身の、それも限られた極親しい生徒としか話をして来ませんでしたから、坊屋君の一件は、彼にとって嬉しく心和む記憶になった出来事に変わりないのでした。

 『同じ笑顔だったなぁ。』

図書館で出合ったあの朗らかな青年の笑顔と、自分の過去の記憶にある坊屋君のあの時の笑顔。彼は思い至り家で一人合点するとしみじみと感慨深い感情にとらわれるのでした。『彼ともあの時以来だなぁ。』紫苑さんは中学卒業後、進学先の違った坊屋君には今現在迄会っていないのでした。

 「折角郷里に帰って来たんだから、今度の中学の同窓会にでも出掛けてみようかな。」

そんな事を彼はにこやかに、この2、3日で蕾が緩んで来た庭の紅梅の蕾を愛でながら、目を細めて呟くのでした。