Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(238)

2018-10-27 14:18:06 | 日記

『私は普通何でも1回聞けば分かるんだよ。』

ふふんと、本心はやや腹立ちながら、可笑しそうに祖母は心の中で呟きました。さてと、彼女は蛍さんが話し出すのを待ち構えていました。

「どんな美人の人でも、」美人ね、あの絵の女の人の事だねと彼女はお寺の1枚の画を思い浮かべました。

「あの絵の女の人は美人かしら?」

そう孫に問いかけてみます。

 祖母に急にそう言われた蛍さんの方も、「うーん」とここで言葉をとぎらせて、絵に描かれていた女の人の十二単の美しさを思い浮かべてみました。

「奇麗だよ」

と答えます。「綺麗な着物を着ているし、」と蛍さんが答えると、

「着物は確かに綺麗だけど、」

と、あの女の人の顔はそんなに奇麗かしら?等と祖母は言い出します。

「私にはどうも、あの女の人の顔が綺麗だとは思えない。見えないというか…。」そんな事を独り言のように真面目に呟いてしまいます。

 蛍さんはそんな目の前で思い迷う祖母に、

『これは、私がしっかりしてお祖母ちゃんにきちんと諸行無常を教えてあげなければいけないな。』

と、父のようにきちんと教えなければならないと気負います。そこで父が自分に行った時の言葉を思い出します。その時の場面を思い出して、先ず父が言った通りに父の声音その儘で、

「ほら、この絵の人は美人だろう。」こんな美人の人でも、向こうに描いてあるように草葉の陰では1人骨だ。墓も無いんだなぁ。葬ってくれる人もいなかったんだろう。気の毒に。…この絵から分かるように、

「どんな美人の人でも」「それはもういいよ。」祖母が蛍さんの言葉を打ち消しました。祖母にすると、自分が美人と思えない絵の人物にはそうと同意したくないのでした。やや不機嫌に生真面目に孫を促しました。


土筆(237)

2018-10-26 09:52:00 | 日記

  では、お祖母ちゃん、諸行無常を知らないのなら私が教えてあげるね、私はお父さんから聞いたんだけど、あの坂を登った上にあるお寺の、建物の中にある絵の、その中の諸行無常が描いてあるところで聞いたんだけど。諸行無常はねえ、

「どんな綺麗な人でも、最後は1人になって、死んでしまうんだって。お墓の中で骨になって1人で居なければいけないんだって。」

祖母は徐に顔をしかめました。

 「何だって、」もう1回言ってごらんと祖母は孫を促しました。お祖母ちゃんは年だから1回聞いただけじゃ分からないんだよ。そう上手く言葉巧みに言って、彼女は孫にもう1度言葉の説明をさせようとしました。

「うーん、お祖母ちゃん、よく聞いてね。普通は1回しか言わない物なんだからね、私のお祖母ちゃんの事だから特別にもう1回言って上げるね。特別だからね。」

と、これは父の言葉というよりも、母の口真似をして話す蛍さんです。おやまぁ、と祖母は蛍さんに恐れ入ったという感じで、へええぇと、それはねぇと、思わず振り返って蛍さんの母、嫁の姿を探してみましたが、幸いというか、嫁は使いに出ていて家にはいませんでした。嫁の姿が無い事を確認して、祖母は身を起こすと背筋を伸ばし、きちんと正座しました。

「おやまぁ、それじゃあ特別に、このお祖母ちゃんにもう1回だけ言っておくれ。」

と、祖母は真顔で蛍さんに頼みます。蛍さんは勿論得意げで満面笑みです。有頂天でしたり顔をすると「よろしい。」と話し出しました。そのぷっくりとふくよかな顔付は嫁そっくりです。祖母は内心むらむらして目付きが険しくなって来るのが自分でも分かりましたが、孫の言葉を終りまで全て聞いてから事に対処しようと考えていました。


土筆(236)

2018-10-25 10:01:01 | 日記

 『これは見ものだな、というより聞き物だな』等と駄洒落の様に可笑しく言葉を考え出してみます。彼女は自分で作りだした言葉に思わず笑顔になると、で、と、「それでホーちゃん、あんた諸行無常が分かったんだって、」と如何にも驚いた顔付で孫に問いかけてみます。

 「あんた偉いなぁ、その年でこんな難しい言葉が分かるなんて、」

と、こんな言葉と言うのは、諸行無常だよと説明すると、

「うん、分かるよそのくらいは、この言葉でしょ。」

そう言って、諸行無常の言葉だね、と蛍さんは答えると話し出しました。

 「諸行無常と言うのは、孤独と似ているね。」と彼女は言います。

「諸行無常が、はてね、孤独と似た所が有ったかしら?」

と、さてさて早くも怪しげな話になって来た事だと、祖母は心持顔をしかめるのでした。自分や夫の様に初等教育だけしか受けなかった者と違って、大学という所を出た息子は孫に如何いった教育をしているのだろうか?と、常々子育ての先輩に当たる彼女には、いたく興味が湧いているのでした。

 「うん、1人になるところが似ているよ。」

と蛍さんは答えます。「1人になる?」確かに孤独は1人になる事だけど、と祖母は思いましたが、諸行無常に如何して1人になる必要が有るのだろうかと不思議に思いました。そこで、

「何で諸行無常だと1人になるの?」と孫に聞いてみました。この祖母の問いに孫は酷く驚いて目を丸くしました。

「お祖母ちゃん、お祖母ちゃんみたいに物を何でもよく知っている人でも、諸行無常は知らなかったの?」

と、これは心して説明しなければと、気負った蛍さんは背筋を伸ばし、ふん!とばかりに鼻から気勢の息を吐き出しました。 


土筆(235)

2018-10-23 09:56:46 | 日記

 「お父さんは私が居るから1人じゃないわ。」

蛍さんは父に言ったように、祖母の前でこう言葉を漏らすのでした。

 ここ迄、公園の回想をしていた蛍さんは、所々父の言葉や自分の言葉を興味深く孫の言葉に聞き入っていた祖母に我知らずの内に披露していたのでした。

 『成る程ねえ。』祖母には茜さんが何故スルメを持ち出したのかが分かりました。感情を噛みしめるというような難しい表現を、幼い子供が分かる訳が無いのでした。噛みしめると聞けば、思うのは食べ物の事ばかりです。この時代、噛みしめる食べ物と言えば真っ先に思い浮かぶのはスルメでした。

「それでスルメが出て来たんだ。」

と祖母は感慨深げでした。子供の単純な発想というものに改めて感じ入ると、蛍さんの顔を見詰めて、彼女の父である自分の息子の事を蛍さんに尋ね始めました。

「それで、何時も行く公園で、あんたのお父さんはよく、その、孤独とやら言う物を噛みしめているのかい?」

ああ、と祖母にそう言われて蛍さんはハッとしました。父からはこの事はあまり誰にでも言わないようにと口留めされていたのです。言いにくそうに「うん」と言葉を濁す蛍さんでした。祖母にしても、蛍さんの父は自分の息子の事、あれは孫に口止めしているのだなとピン!と来ました。そこで、この話題は置いておいて、例の難題、「諸行無常」の件に先に移ろうと決めました。