Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 163

2020-02-20 10:37:51 | 日記

 「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」

今春の花の時期に父が口遊んでいた言葉が口から溢れる。

 そんな私の瞼には数え切れぬ程の花弁がちらちらと舞い映っていた。私の頭には今季の花風吹の光景が浮かんでいた。私の記憶にあるのは白っぽく柔らかなピンク色に染まった花弁だ。細長いハートの形が目に捉えられその後風に舞う。

 私はその花が、日本人の心だ、美しい花だ、光景だと、その季節に数回行った花見の散歩で、今年父から教わって公園を歩いて来た。父はこんな綺麗な花が春に咲く日本という国に生まれてよかった、日本人に生まれた事を誇りに思え等と言うと、愛国心や自分達の民族についてのアイデンティティの萌芽を私に図った。

 父のそんな養育の意図等測り知る事も無い、私は無邪気に温暖な春の気候の到来を喜び、厳しい寒さの雪の季節の去った事に清々しく身の弛む思いを感じながら、頭上を見上げて桜並木の間の坂道を登っていた。父もこの春の好天を満面の笑みで喜んでいた。親子で共ににこやかに頭上を見上げていた。

 私は突如として、桜の花が美しい花なら、祖母を花に例えると桜の花だねと言った。すると父はえぇっ⁈、と意外な声を発し、如何にも意外だと言う顔をした。何故そう思ったのかと父が問うので、私は、日本の花、着物を着ている祖母、綺麗な花、美しい祖母、お祖母ちゃんは奇麗だねと答えた。心も綺麗だと。すると父は今迄の悠長な花見気分は何処へやらという態度と雰囲気になった。

 「子供だからな。」

お前は子供だからそう思うのだ。そんな事を言い出し、父の見方は違うと真顔で私に反論し出した。その内父は、祖母と自分と何方が好きかとか、何方の言う事が正しいと思うかとか、これから先、何方の言う事を信じるのか云々等言い出した。そして、その答えでこれからの自分のお前に対する態度も決めると迄言い出した。

 そんな父の妙に真面目で真剣な態度に、私はふと可笑しくなって来た。私は冗談半分にそれは祖母の方だと答えた。そこで到頭父の顰蹙を買ってしまった。憤慨した父はこの直後に散歩を途中で切り上げた。彼はそう宣言すると帰途に着いた。家路についた直後、父はむすっとして押し黙った儘だった。そして彼は私の数歩先を歩く等したりもした。そんな父に、私は何時しか彼の行動や顔付の中に態とらしい怒りの表現を感じた。

 『もう、お父さんもふざけて…。』私はほくそ笑んだ。どちらが先に折れるか根競べだ。私がむっすりとして立ち止まると、父は公園のお堀端で柵に手を着いて立ち止まった。少々後悔の念が伺える彼の様子だ。そこで仕様が無いなと私は彼に駆け寄った。この様な父子の駆け引きの場合、私が折れた方が父の機嫌が好くなる事を私は知っていた。そうして、駆け寄った私は、「たまにお父さんの言う事の方を信じてもいいよ。」と、笑って彼の心をくすぐってみせた。この頃の私にすれば妙に生真面目な父はよい揶揄い相手でもあった。父も私にそんな軽妙なジョークを身に着けさせた感がある。

 私達父子の花見散歩の数回目、桜の坂道に差し掛かると地面には白く薄く色付いた花弁の吹き溜まりが出来、花弁は更に積もりつつあった。樹木と地面の空間にも牡丹雪の様にさらさらと舞い落ちる花弁が増えつつあった。私は白い吹き溜まりを雪かと見間違うと、大人からもう今年は雪が去ったと聞いていたのにと憤慨した。そしてまた寒波が来るのかと落胆した。私は雪の季節の再来を予想して、憂いで酷く顔を曇らせた。それ迄軽かった私の足取りが重くなり、やがてぴたりと止まると、その先に行きたくないと父に駄々をこねた。公園に雪があると私は言った。すると父は公園に降り積もっているのは桜の花弁だと言い、やはりもう寒くはならないと笑った。

 「子供だなぁ。桜吹雪を知らないな。」

またもやそんな事を父は言った。ちらちら舞う白い物に、雪だと主張する私に、あれも桜の花弁だ、木に在る時は5枚の花の形でも、地面に落ちて来る時に1枚1枚の花弁で落ちるのだと説明してくれた。それでも雪を厭っていた私は父の言葉を疑ったものだ。再三公園内に誘う父の手を振り払った。父は、まぁ、騙されたと思ってと、上手い誘い文句を言い出したので、私は漸く重い足を進めたが、白い塊や降り落ちる白い物には恐る恐るでしか関わり合えなかった。

 論より証拠である。それらは確かに雪とは違っていた。塊は細かな花弁の集まりで出来ていた。そんな花弁の舞い散る先は樹木であり、私が見上げる枝に在る桜の花の1枚1枚の花弁の形が同一だった。漸く落ち着いて来た私は、気温も冷たくないだろうと父に言われ、丁度その時いた木々の木陰、その状態の寒さを口にして少々拗ねてみせた。

 私はふざけたつもりだったが、父はそれを真に受けた。直ぐに、おお、そうかそうかと言うと、急いで私の手を掴むと日向へと私を連れ出してくれた。桜の木々の木陰を抜けて、春の日向は非常に暖かかった。そこには気持ちの良い春風が吹き、私の頬を優しく撫でて行った。私は風も春になると冷たくないなと、気候の良い季節の真実の到来を心から喜んだ。

 そんな花吹雪の中の帰り路、公園内の道で父は先の歌を口遊んだのだ。もっと咲いていて欲しいのに、美しい花を見ていたいのに、こちらの気も知らないで、桜の花は散ってしまう、残念だとか散らないで欲しいという心を詠った歌だと父は言った。

 私は美しい祖母という花が、その時の桜の花の様に、私の心の中の祖母桜の枝からちらりと散り出し、心の空間に舞い出すと、父のあの言葉が我知らずの内に私の唇へと上って来たのだ。美しい儘でいて欲しい、美しく咲いていて欲しいと願っていたのに…。…それは散って仕舞ったのだ。


今日の思い出を振り返って見る

2020-02-20 09:29:00 | 日記
 
ティー・タイム 3

 今回、こういった先祖の話についても、思い立って少し調べてみました。家の先祖が大伴家持関係の出身かどうかという様な事です。本当にそんな可能性が有るのだろうか?心の隅ではそんな事を思......
 

 そういえば、昨年は過去帳の作成をしていたなぁと思いました。この話題をこのブログで取り上げるのは3度目になるかと思います。それだけ訂正して来たので、世間でもこれは根拠のない事だと定着している事でしょう。ありがたいですね。

 1部歴史的ロマンを感じていた方には申し訳ない事ですが、裏付ける根拠が何もない、全く皆無なのは事実です。こういう話が我が家に出回っていたこと自体、何故なのだろうと不思議な気がします。

 私はこの話の出所だと父から聞いていた人物に、その方の生前、丁度家に来られた時にこの件で1度話をした事が有ります。その方自身が書付を辿って調査された結果、我が家の祖先だと判明したという事を父から聞いていました。その方も父ももう亡くなりましたが、私は2人から生前何も訂正の言葉を聞かずに終わった事です。

 「お陰様で、家の子も肩身の広い思いがします。調べていただいてありがとうございました。」。お茶とお菓子をテーブルに差し出し、私の子供にも伝えましたと口にして、こうお礼をした所、その方はいやいやと、少々驚かれていましたが、微笑んで無口でおられました。そして誰からその話を、何時聞いたのかと仰られました。

 私が父から、私の小学校3年生の頃だと答えると、その方は父を呼んで来て欲しいと言われました。その後私が客間から下がって、父に伝言を伝えると父は直ぐに客間に出向いて、その方と2人で話をしていました。2人の話の内容は、全く聞いていなかった私には分かりません。

 その後その方は数時間して帰宅されました。この件で父からもその方からも、以降、私は何の話も聞いた事が無く、何の訂正もありませんでした。私自身はこの件を外部の誰かや親戚に殆ど話した事が有りません。過去に話題にした人は数人程度、それがどの位広まったかは不明です。

 我が家の過去帳を作製した折に、自身であれこれと検索して分かった事実です。「今日の思い出を振り返って見る」は、私にとっては感慨深い記事です。私の歴史の中で半世紀と長く培った知識が覆され、そして訂正された事は、本当に良かった事です。私はそう思っています。


うの華 162

2020-02-18 16:15:29 | 日記

 階段のある部屋に戻った私は、一時我が目を疑った。そこにいた祖母の傍には三郎伯父がいたのだ。部屋にはもう母の姿は無かった。階段の傍らには祖母と伯父の2人だけになっていた。

 私は伯父の姿を見て、伯母と彼が入れ替わったのかと思った。最初に私が見た人物は、実はこの三郎伯父だったのだろうかと我が目を疑うと、最初から見間違えていたのだろうかと困惑した。しかし思い返してみると、やはり最初にここにいたのは伯母の方だ。目の前の伯父の妻である伯母だったと思い当たった。祖母に謝っていた声は確かに伯母のものだったのだ。もちろん背丈だって違う…、私は思った。

 伯父の方が伯母より遥かに背が高い。祖母と伯母は似たような背丈だった。先程も並んでいた彼女達両者の間で背の高さは気にならなかった。私が見ていると、祖母の横にいる人物は顔を下げて彼女と話をしていたが、やがて普段の姿勢に戻った。するとその人物は明らかに祖母より背が高くなった。やはり先に居たのは伯母で、今現在ここにいるのは伯父だ。伯父夫婦は2人でこの家に来ているのだ。

 この事実に気付いた私は不思議な感じで伯父の顔を見上げた。私の父の兄であるこの伯父は、ここに両親が居るだけに、時折りこの家に顔を出していた。私にとって彼の細君である伯母よりは顔馴染みな人物だ。その点、伯母から伯父に変わったこの状況に、私は気分的にほっとした。この安堵感を持った事で、私は自分が先程から予期せぬ伯母の存在に緊張していたのだと気付いた。そうしてその後に、何故自分は突然の伯母の出現に気を張ったのだろうかと疑問に感じた。多分、それは2階にいる筈の父の異変のせいだ、私は思った。

 そして、何時も居ない伯母や伯父が今ここに居るのは、やはり何時もとは違う父の様子に原因が有るのだと考えた。すると父の状態は、何か彼の身に悪い事が起きている証なのではないか?、だから父の兄である伯父が来たのだ、しかも彼の妻である伯母までがここに居るのだ。私は父の事態の深刻らしい事をひしひしと感じはじめた。そして父の身を案じるのだった。

 「お祖母ちゃん、お父さん、具合が悪いの?。」

私は祖母に近付き、その着物の袂を掴むようにしてそうっと尋ねた。悪い病気なのかと。

 すると祖母は伯父に向けていた顔を私に見えないよう向こうへ逸らせた。チッ!、祖母の顔の向こうから舌打ちした様な音がした。私はハッとした。私はこれ迄祖母が舌打ちする姿等見たことも無かった。ましてや近所の誰かから、それはよく無い仕草だ、そんなことをする人間は質が悪い、付き合わない方が良いと聞き習った後だった。私はまさかと自分の耳を疑った。

 まさか、今の音はそうだろうか?、そうなら祖母はそんな事をする人物なのだろうか?。私は煩悶した。

 今日、祖母から何度無言の返事を聞いただろうか、何度失望感を味わっただろうか。この瞬間、私の中に有った今迄の祖母の鮮やかなイメージは色褪せた。私の脳裏の中で、聡明で美しく鮮やかな印象だった彼女は色を失い空虚で希薄な存在となってしまった。私は明らかに目の前にいる自分の祖母という人物に失望した。


うの華 161

2020-02-17 09:39:39 | 日記

 私はその時抱いた歓喜の気持ちの儘、その儘に階上にいた祖母達を迎え入れる事を決意した。私は笑顔を崩さなかった。寧ろ今迄以上に気持ちを込めて、より笑顔に力を入れると歓迎の気持ちを表現した。

 そんな私の目に、不思議な事に祖母は明らかに元気を失った。先刻私が目にした様な塞ぎ込んだ姿、彼女の齢を感じる寡黙な姿へと変わって行った。彼女は肩を落とし、項垂れると、私を避ける様に私から彼女の身を逸らせた。

 私がそんな祖母に、どう対処したらよいかと決めかねていると、階上からは残っていた人物達が降りて来た。私の母は勿論だったが、その人物達が私の目の前に降り立ってみると、そこには2人の婦人が並び立っていた。それは私の母と伯母である。

 『あれっ?、伯母さん。』

如何して伯母さんが家に?。私が思いも掛けなかった人物がこの家に増えていたのだ。私はこの意外な事実に目を見張った。そしてその人物は誰あろう、普段家で私が殆ど目にした事が無い、父のすぐ上の兄三郎伯父の連れ合いに当たる伯母だったのだ。

 伯母さんは何時の間に家に来たのだろう。しかも私の知らない間に2階に迄上がっていたのだ。私は面食らった。ポカンとして口を開けると伯母の顔を見上げた。伯母は微笑んでいたが、何だかきまり悪そうな感じで私から視線を逸らせた。

「ねえさんは良いけど…、」

と、祖母は今下りて来た2人に顔を向けて行った。

「あなたは何が可笑しいの。」

「人の旦那さんに、調子が悪いと言うのに、笑うという事があるかい。」

と、祖母の言葉は小さくその声音も普通の調子だったが、彼女が明らかに立腹しているのだという事を私が気付く迄にそう時間は掛からなかった。伯母は顔を曇らせると、すみませんと小声で詫びを述べた。

 その後すぐ、祖母は自分達3人の傍から私を遠ざける為だろう、私に台所への仕事を言いつけた。奥の戸締りがきちんとしているかどうか、勝手口の戸締りの確認をさせに行かせたのだ。私が再び階段の部屋へ戻って来ると、階下には何と伯母に変わり、彼女の夫である三郎伯父がいた。そして祖母と伯父の間で何やら話し合いが行われている気配だった。


うの華 160

2020-02-17 08:46:05 | 日記

 程無くして、私が、1人孤独の所在無さを持て余す事に飽きる前頃迄には、2階の階段口付近に女性達の話声が聞こえて来た。

 この声々は、私には何だか聞きなれない声音ばかりに思えたが、彼女達の内で2、3の会話が進んでみると、それはやはり聞き慣れた祖母や母の声だった。

『他所の女性(ひと)達かと思ったけれど、お祖母ちゃん達だ。』

私はほっとした。これで私は1人っきりから解放されるのだ。喜んだ私は思わず笑顔になった。

 彼女達は祖母を先頭に2階から降りて来た。私が見ていると、階段を下る祖母はごく普通の足取りだった。祖母は先程私が目にした彼女の老衰した様子とは裏腹に、如何にも矍鑠とした婦人然として階下の私の目に映って見えた。彼女の顔付は引き締まり、手は階段の手摺を掴む事も無く、ピンと伸びた彼女の背は姿勢良く、ましてや彼女の目は自分の足元を窺い見る事も無く平然と下りて来た。

 祖母は自分の後方、階上にいる人物を気遣いながら、心配ない、薬が効いたんだね、よく眠っている、このまま寝かせて置けば、等話していた。そんな彼女の声の大きさも、普段と殆ど変わりの無い物の様に私には思われた。

 しかし気を張っていたらしい祖母は、階下に降り立つとやれやれと言う様に表情と姿勢を緩めた。私はそんな祖母の緊張が取れた顔をにこやかな歓迎の笑顔で見上げ、彼女を階下へと迎え入れた。そしてすぐにも慕わしく彼女の傍へ駆け寄ろうとした。と、そんな私に、祖母は急に顔の景色を変えてキッとした視線を投げつけて来た。

「何が可笑しいんだい。」

それは咎めるように鋭い口調だった。これは私に向かって投げつけられた言葉だろうか?。

 私は一瞬躊躇した。自身の顔の笑顔が少し引いた事が自らに分かった。が、1人孤独だった私の元へ今再び家族が姿を現し戻って来たのだ。彼等とて同じ、きっと同じ様にこの家の子供である私の姿を見て喜ばない事があるだろうか?。私は否と判断した。祖母にしても、自分の孫である私が笑って彼女を迎え入れる姿を喜ばない筈は無いと。きっと先程の祖母の言葉は、まだ上にいるだろう彼女の後方にいるだろう母に向かって投げ付けられた言葉なのだ。『そうだ、そうだ。』。私は一人合点した。