子供の親のエン方は、どうやらドクター・マルが星を出た当時の頃の、自分の苦労話をしているようです。星に残された自分や家族のその後の身の上を吐露しています。
兄のマルの方はというと、やはり悪いと思ったのでしょう、弟の言い分を黙って聞いていました。彼は一頻弟の言い分を聞き終えると、今度は自分の方が口を開きました。
「まぁ、お前には悪かったかもしれない。が、」
だがなぁと兄は言いました。お前、あの娘(こ)とは馬が合ってたじゃないか。昔から結構仲が良かったしな。そう言うと
「案外、あの娘と結婚出来て、お前の方は返って良かったんじゃないか?。」
ハハハという感じで、快活に笑ってマルは言いました。
兄さん!。やや渋い顔をして、照れた様にエンは兄の名を呼びました。エンは少し考え込むように俯くと、その後は口数が少なくなりました。
その後もマルの方は、まぁよかったじゃないか、お前の所は子供も多いし、私と違って夫婦円満だ。それに彼女の家は裕福だし、お前のお陰で家の家族も、故郷の星の裕福な一族の一員になれたんだ。皆、万事目出度し目出度しで万々歳じゃないか。
兄がそう弟のエンを茶化すように言うと、エンは暗い顔付きになりました。
全く喋らなくなった弟に、マルは何かしらエンの異変を感じました。その兄の予想の通り、彼の胸の内には大きく逆巻く物があったのでした。
突然、大通りにいたシルはベンチから立ち上がりました。彼女は直ぐに近くにいた保安員のクルーを1人呼んで、彼に双子の姉妹の事を頼むと駆け出しました。そうです。彼女はドクター・マル達のいるパーラーへと向かったのです。
シルが店に駆け込むと、先程座っていた場所のテーブルが割れて壊れ、坊主頭のマルが床に転がっていました。彼の傍には椅子が転がっています。椅子の横には金髪のかつらまでがぽたりと置かれた様に落ちていました。
エンの方は険悪な表情で立ち上がり、興奮の為か息も上がっていました。
「あれは最後まで、…。」
そこ迄言うとエンは言葉を飲み込みました。彼はやって来たシルの顔に苦しそうな視線を1度投げかけると、拳を固く握り締めその場から駆け出しました。エンは店の出口に向かったのです。そのまま無言で足音高く店を出て行ったエンに、店内にいた一同は皆呆気に取られたまま彼を見送っていました。
マルもまた無言でそんな弟をやり過ごすと、よろよろと立ち上がり、彼のユニホームに付いた埃をパタパタと払いました。マルの傍にやって来たシルが、彼の背中の埃を払うのを手伝いました。
「やぁ、すまないね。」
見苦しい場面を見せてしまったなぁと、マルが照れる様に苦笑すると、シルはいいえと言いながら、気の毒そうにマルを見詰めました。彼女は店から出て行ったエンの方も気の毒にと思いました。そうして、マルに言葉を掛けました。
「弟さんの奥様は、亡くなられたんですね。」
そうなんだよ、そうだったんだね、私も初めて知ってね、と、マルは沈痛な低い声を彼女に返しました。
「あれも可愛そうに。」
6人の子供を抱えて細君に先立たれるとは。マルはそう呟くのでした。