Reflections

時のかけらたち

プリーモ・レーヴィ生誕100周年記念講演会  ・・・・  Primo Levi

2019-10-20 21:00:43 | art


イタリア文化会館から来たお知らせの中から、プリモ・レーヴィの全詩集を最近発行した竹山博英さんの講演を
聴くことにしました。たぶん、何処かで「これが人間か」の記憶があったのかもしれません。初めて聞く名前では
ありませんでした。



竹山先生はプリモ・レーヴィと親交があり、そのお人柄も良く知っていたとのことでしたが、最後に死を選ぶほどの
葛藤が続いていたことはわからなかったと話していました。とても穏やかな人柄だったとのことです。
今、第二次世界大戦から遠くなってきたこの時に彼の全詩集の発刊はとても意味があることだと思うと話していました。
同じことを繰り返さないために歴史を伝えていくことは今ファシズムが台頭しそうな時代に非常に重要なことだと思いました。


プリモ・レーヴィはユダヤ系のイタリア人で、ファシズムの時代に北イタリアトレノで育ち、化学を専攻する学生でした。人種法が
制定される前だったので、大学で勉強することができたとの説明がありました。イタリアが休戦中にドイツに北イタリアが
占領され、レジスタンス運動をして、ナチに捕えられ、自らユダヤ人であることを話して、アウシュヴィッツに送られて
しまったとのことです。レジスタンス活動をするとその場で殺されてしまうことも多かったとか。化学を専攻していたことが
アウシュヴィッツでも生き延びる一つの原因ともなったとの説明でした。

アウシュヴィッツの体験を単なる証言ではなく、文学へと昇華して行ったのが彼のその後の生涯でした。
ネットで調べたら、戦後、イスラエルが加害者となり、そのことへの抗議もしたり積極的な平和運動もされていたことが
わかりました。NHKなどでもドキュメンタリーの制作があり、ネットにもまだ残っているようなので時間のある時に
見てみようかと思います。

彼の詩を5編紹介して、小野氏との対談がありましたが、1篇恋の詩があったことが救われました。



























著者と個人的に親交の深かった翻訳者の話が直接聞ける、チャンスでした。
開会にあたって、イタリア文化会館の館長さんから流暢な驚くような日本語で挨拶がありました。イタリア文化会館の
イベントに時々参加するようになりましたが、初めてでした。
イタリア語での詩の朗読も数編ありました。

彼が生き残ったのは偶然のことだったけれど、そのことが最後まで彼の心の重荷となって、生涯彼を苦しめました。
戦争の悲惨さは生きているものにも、死んだ者以上の苦しみを残すことです。
「夜と霧」が読みかけだったことを思い出しました。

日本でももう証言する人が少なくなってきた中、貴重な体験が継がれていくことを祈るだけです。
今年の8月にはTVで特高で生き残った立命館大学の元副学長の岩井忠熊の番組が印象的だった。

人間が人間の尊厳さを感じられる世界が築かれることを願うばかりです。



----------------------------------------------------------------------------------------

プリーモ・レーヴィ生誕100周年記念講演会 『プリーモ・レーヴィ全詩集 予期せぬ時に』を語る

プリーモ・レーヴィ(1919-87)はアウシュヴィッツ強制収容所の抑留体験を書いた『これが人間か』で世界的に
知られる作家です。彼は記録文学や短編小説の分野で成功し、「アウシュヴィッツの悪」を克服した、明晰で理知的な
作家として高く評価されていました。しかしレーヴィは1987年に自死の道を選びました。彼のような理知的な作家が、
他人からは非理性的に見える自死を遂げたことは大きな衝撃であり、多くの読者や研究者がその理由に思い悩み、
彼の作品の中の理知的でない部分への関心が高まりました。

レーヴィの理知的でない部分、つまり情念や感情に関係する部分を最も良く表現しているのは詩です。その数は生涯を
通じて84編しかなく、決して多くはありませんが、心の動きがよく分かる詩がいくつも書かれています。特に
アウシュヴィッツ強制収容所から解放され、帰国した直後の6ヶ月間に書かれた15編の詩は、奇跡的に生還しても、
アウシュヴィッツの死の世界から抜け出せない、レーヴィの苦闘期のもので、彼が何を問題にし、何に苦しんでいたかが、
明確に表現されています。

その後、詩があまり書かれない、中期の停滞期の詩群が現れますが、それらはある種の強迫観念から生み出されています。
そして最も創造力が高まった晩年の詩では、苦悩と絶望、現実逃避、そして死への傾斜が表現され、レーヴィの穏やかな
賢者風の外貌からは想像できない、揺れ動く感情の嵐が彼の内面に存在したことをうかがわせます。

本講演では、プリーモ・レーヴィ生誕100周年にあたる節目の年に、竹山博英氏と早稲田大学文学学術院教授で作家の
小野正嗣氏が、詩で描かれた現地の写真やレーヴィ自身の写真を交えながら、レーヴィの詩から何が読み取れるのか、
そしてそれは今を生きる我々にとってどのような意味があるのかを対談形式で考究します。(日本語のみ)

竹山博英(たけやま ひろひで)
1948年東京生まれ。東京外国語大学ロマンス系言語専攻科修了。立命館大学名誉教授。著書に『ローマの泉の物語』
(集英社新書)、『プリーモ・レーヴィ――アウシュヴィッツを考えぬいた作家』(言叢社)など。訳書にプリーモ・レーヴィ
の諸作品のほか、カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史――サバトの解読』(せりか書房)、フェデリーコ・フェリーニ/
リータ・チリオ『映画監督という仕事』(筑摩書房)、カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』(岩波文庫)など。

小野正嗣(おの まさつぐ)
1970年大分県生まれ。作家、早稲田大学文学学術院教授。文学博士(パリ第8大学)。著書に、『にぎやかな湾に背負われた船』
(朝日文庫、第15回三島由紀夫賞)、『マイクロバス』(新潮社)、『夜よりも大きい』(リトルモア)、
『浦からマグノリアの庭へ』(白水社)、『獅子渡り鼻』(講談社文庫)、『九年前の祈り』(第152回芥川賞、講談社文庫)
『残された者たち』(集英社文庫)、『水死人の帰還』(文藝春秋)、『ヨロコビ・ムカエル?』(白水社)など。訳書に、
マリー・ンディアイ『ロジー・カルプ』『三人の逞しい女』(ともに早川書房)、アキール・シャルマ『ファミリー・ライフ』
(新潮社)、アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』『世界の混乱』(ともにちくま学芸文庫)など。

プリーモ・レーヴィ(Primo Levi)について
1919年トリーノ生まれ。トリーノ大学で化学を修める。43年ドイツ軍のトリーノ占領を機にパルチザンに参加するが捕らえられ、
44年アウシュヴィッツ強制収容所に送られる。45年に解放されソ連各地を転々とした後帰国。トリーノの化学工場に化学技師
として勤めながら、強制収容所での体験を主題とした小説を発表し、作家としての地位を確立。その後も技師として働きながら
次々に作品を発表した。87年に自死。邦訳書に『これが人間か(アウシュヴィッツは終わらない)』(朝日選書)、『休戦』
(岩波文庫)、『天使の蝶』(光文社古典新訳文庫)、『周期律――元素追想』(工作舎)、『リリス――アウシュヴィッツで見た幻想』
(晃洋書房)、『溺れるものと救われるもの』(朝日選書)など。


Oct.10  2019   Kudan
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お墓参り ・・・ visiting to graves

2019-10-18 23:57:10 | a day in the life
10月9日

ウィーンから子育て中の姪が赤ちゃんを連れて、日本で義理の姉(彼女の母)の誕生日を祝うために戻ってきました。
高校を卒業してからフランスに渡り、海外での暮らしが人生の半分を越えていますが、お母さんが病気の時とか
ときどき日本に戻っていました。昨年女の子を出産して今は育児が楽しそうです。仕事の復帰(フリーのドキュメンタリ映画監督)
も今は未定と話していました。パリと違ってウィーンでは赤ちゃんを預けるのには少し抵抗がある風潮だそうです。
彼女は日本でのベビーカーが歓迎されないことを知っていました。ウィーンの乗り物ではベビーカースペースが必ずある
とのことでした。

姪が義理の兄と主人のお墓参りがしたいというので、一緒に行くことにしました。義理の兄のお墓も納骨したら
お参りに行きたいと思っていました。突然亡くなってしまった兄のお骨を納骨堂に預けていたのだけど
どうしてもそこに納骨する気がしなくて家に持って帰ってきてしまった姉でした。家にいるとつらいので、家から
歩いて行ける距離のお寺に行っていたとのことで、そこに行くと気持ちがほっとしてよく泣いていたとのことでした。
住職さんに話しかけられて、2回目に会った時は名前を憶えていてくれて何かご縁を関じて、こちらの納骨堂に入れて
いただくことにしたとのことでした。兄とも一緒に自転車で来ていて気に入っていた場所なので、ここに決めたと
話していました。都会にこんなに自然があって、鳥の鳴き声がして落ちつくお寺があるなんて信じられないほどです。
歩いて来れる距離の所にいい場所をみつけられました。四季折々美しいお寺とのことで、桜の頃にも紅葉の頃にも
着たくなります。




関ヶ原の頃まで遡る歴史のあるお寺です。































こちらの多宝塔の中に納骨されています。




ここでお参りします。個別のお墓もありますが、ここは共同です。







石造物が多く、長い歴史を感じます。





































こちらの住職さんのセンスの良さが感じられる、清涼感あふれるお寺でした。




昼食は姪のチョイスで鰻になりました。







松茸の土瓶蒸し。祖母が良く作ってくれたなつかしい、今では食べられない料理です。







神田のきくかわよりおいしかったです。


その後、主人の樹林墓地に回り、近くのカフェで休憩しました。
午後からは広島から出てきた義理の姉もご一緒しました。午前中は交通遅延で足止めを余儀なくさせられていました。




赤ちゃんも同伴できるようなカフェをネットで見つけていました。ノースモーキングでベビーカーが入れそうな場所。








お疲れ様でした。




姉からもらったフルーツケーキのお店の絵は兄にそっくりでした。







ウィーンのおかし




広島からもお土産をいただいてしまいました。






実相禅院については 地球のしずく と言うブログに
世田谷・実相禅院の佛たち ①冬紅葉 ~⑤道林禅師 に5回に分けて連載がありました。


Oct.9  2019  Setagaya & Kodaira



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

能 松風 ・・・ Noh ”Matsukaze”

2019-10-17 22:46:14 | art
最近は探し物で時間をたくさん使うことが多くなりました。これが物事が進まない
ひとつの原因になっているような・・・

だいぶ涼しくなってきたので、昨日は出かける前に衣類を探していたら、なんと
大好きな薄手のセーターが虫にやられていてがっかり。この夏は貼ってある絨毯に虫が異常
発生していました。こちらに引っ越してきたときに半分しかフローリングにリフォームして
いなかったので全部すべきだったかなと思っています。
衣類も管理できる数だけにして、ちゃんと管理しないといけないですね。

今日はやっと10月の初旬のお能のまとめができます。





10月5日

眞友会 第46回 能と狂言の観賞会 須磨夢幻

今回で能も入門講座や発表会も含めると6回目になりました。
あるばとろすさんが観世流能楽師 坂真太郎氏の後援会に入っていらっしゃるので、お誘いいただきました。
松風は入門には適している題材かと思いました。








 伊勢物語の作者在原業平の兄在原行平の歌の中から
  わくらはに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつゝわぶと答へよ
  立ち別れいなばの山の峰に生ふる待つとし聞かばいま帰り来ん
の二首を選んでこの劇の筋の柱としてもともとの田楽を観阿弥、世阿弥がリメイクしたもの。

姉妹が在原行平の歌をベースに、行平の恋の相手であった海女松風村雨の切ない思い出語りを、源氏物語須磨の巻の
雰囲気を借りてしみじみと演出したものだそうで、源氏物語のベースがあるとより楽しむことができますね。
今回はもっと言葉の意味がわかればよかったと思うようになりました。ネットでは演目のストーリーペーパーを
打ち出すことができるので、前もって見ておけば理解が深まったかもしれません。初心者にとってはなかなかハードルが
高い能です。

おおよそのストーリーしかわからなくても、その無限の空間の中で、何百年の流れを感じるような能は「夢幻」を
感じられる芸術です。

今回狂言で野村万作を見ることができて、嬉しかったです。昔からなんとなく注目していました。年取られても
いい声です。能と狂言ってバランスが取れて、いい組み合わせです。

今まで見た能を下記の説明のジャンルに当てはめると

二番目者  安宅、敦盛 
三番目者  羽衣、井筒、松風

となります。

ずっと翁を見たいと思っているのですが、なかなかチャンスがありません。




あるばとろすさんは沖縄で統一。久米島、ゆうな染めに紅型の帯。
お写真はponkichiさんに撮っていただきました。ponkichiさんはいつもおいしいお酒とお料理をアップ
されていて、初めてお目にかかれて嬉しかったです。はっきりした話し方が素敵な方でした。










塩沢の単衣に博多帯、道明の平家納経
祇園祭の時に特別に分室を開いていた塚本でお願いしたサラッとした塩沢が出来上がってきたので
着てみました。柿渋染めです。



能について

能の演目の多くは、平家物語や今昔物語など、室町時代に庶民の間で人気があった古典を題材としています。そして
曲の進行と構成の違いから、「現在能」と「夢幻能」に分けることができます。「現在能」では、現在進行形で話が
進んでいきます。
「夢幻能」は、演目の中で現実と夢が交差して話が進行するので、物語を追いかけるのはちょっと大変ですが、
どの曲も構成が似ているので、パターンとして捉えることができます。

能の種類

能は、シテが演じる役柄によって「神(しん) 男(なん ) 女(にょ) 狂(きょう)鬼(き 」の5つのジャンルに
分けられます。そして、この5種類を順番どおりに演能することを「 五番立(ごばんだて) 」といいます。「五番立」は、
江戸時代からの伝統あるプログラムで、実際には5つの能の間に4つの狂言が上演されます。朝の爽やかな時間に
神様の能で始まり、勇ましい修羅物に続き、昼の静かな時間帯に女性の優美な能が入り、その後に狂い物で喜怒哀楽
入り混じる物語を鑑賞し、「逢魔が時」の夕刻から夜がかりには鬼の能で締めくくるようにしつらえてあるのです。
現在では、長時間の上演となるため、正式なかたちではほとんど催されません。しかし今でもすべての番組は、五番立を
基本に、順番などを考慮して組まれています。

また正式な五番立ての前には「翁」が演じられます。「翁」は、翁猿楽の流れをくむとされ、「能にして能にあらず」と
いわれて一般の能とは区別されて、常に演能の頭に上演されます。神聖な儀式として大切に扱われており、今でも正月や
記念の会、祝賀の会などでは、初番目物の前に、「翁」が上演されます。

それぞれのジャンルと演目
「神」(初番目物)神をシテとする能を「初番目物」と言います。「翁」の脇に置かれる能という意味で「脇能」とも
         呼ばれます。登場した神が平和、幸福、五穀豊穣を約束するという内容のもので、多くは前シテが神の
         化身の老翁、後シテが神体となります。「高砂」「老松」「養老」などの演目があります。
「男」(二番目物)男性が主人公となるもので、シテは武将の亡霊など死者が多く、「修羅物」と呼ばれます。平家物語から
         題材を得ている亡霊武者の能が代表的演目です。死後も修羅道で苦しむ武将たちが救いを求めて現世に
         現れるという筋立てです。「敦盛」「清経」「屋島(八島)」「巴」などの演目がこの分類です。
「女」(三番目物)女性が主人公の能で「鬘かずら物」と言われます。五番立の番組の中心をなしており、主人公は死者で、
         テーマは、恋愛とその苦悩が中心。多くは女性の亡霊の恋する想いが、成仏せずに漂っているという想定
         の筋立てです。「羽衣」「井筒」「松風」「定家」などの演目がこの分野です。
「狂」(四番目物)所謂物狂いをシテとする能で、「狂女物」「狂い物」とも呼ばれます。ここでいう「狂う」は病的な状態
         ではなく、何かを思いつめて心乱れた姿を指しています。また、別名「雑能物」とも呼ばれ、他のジャンル
         に入らないものも集められます。「隅田川」「百万」「鉄輪」「道成寺」が有名です。
「鬼」(五番目物)鬼、天狗、妖精、龍神などがシテとなる能です。五番立の最後なので「切能物きりのうもの」とも
         呼ばれます。強烈な舞、全曲に太鼓が加わり、囃子も華やかで、演出も派手です。「鵺」「殺生石」
         「安達原(黒塚)」「猩々」などが有名です。

ワキ方
「ワキ」は、室町時代にシテ方から独立して専門分野を確立し、家の芸として継承されてきました。座付きの時代を経て、
現在は流派ごとに独立しています。高安流、福王流、下掛宝生流があります。

囃子方(はやしかた)
謡の音楽を担当するのは「囃子方」です。囃子方は、笛(能管)、小鼓、大鼓(大皮)、太鼓の4種類の楽器からなり、
これらを「四拍子」といいます。それぞれの楽器は、専門に分かれていて、伝統的な奏法が受け継がれています。

現存する流儀は、笛の一噲流、森田流、藤田流、小鼓の観世流、大倉流、幸流、幸清流、大鼓の葛野流、高安流、大倉流、
石井流 観世流、太鼓の観世流、金春流です。

能の上演時には、各楽器の担当がひとりずつ舞台後方の「囃子座」に座り、演奏します。

狂言方
狂言は、能と同じく猿楽から生まれた芸能で、ひとつの演目として独立して演じられる「本狂言」と、能の一部として
演じられる「間狂言(あいきょうげん)」のふたつに分かれています。また「翁」のなかで祝福、祈願の舞を舞う
「三番叟(さんばそう)」を演じることも狂言方の大切な役割で、「翁」でのこうした役割は「別狂言」とも呼ばれます。

通常、一演目としての狂言とは「本狂言」のことを言います。本狂言は、人びとの生活のひとこまを扱った笑劇です。主人の
いいつけに背く太郎冠者、聟むこと舅のやりとり、口やかましい妻、まぬけな盗人など、当時の社会で、ごく普通にみられた
人びとが登場し、身の回りで起きた出来事を、ユーモアを交えて演じます。

能の演目の中で狂言方が演じる役とその演技を、「間狂言」または、「間(アイ)」といいます。シテが中入りした後に登場し、
前場と後場をつないで物語の理解を助ける「居語り」、シテやワキと問答などを行って物語の進行に関わる「アシライ間」など
があります。

狂言方の流派には、大蔵流と和泉流があります。

能の音楽は、謡うたいと囃子はやしで成り立っています。謡は、シテ方が務め、囃子は囃子方により演奏されます。謡とは能の
舞いに添えられる歌謡です。


参考
入門 能の世界
日本語と日本文化



おまけ)

ランチ



和食 ビュッフェスタイル


Oct.5  2019   Sendagaya
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不思議な空気に包まれる三宝寺池へ ・・・・ Sanpoji pond in mysterious air

2019-10-15 23:01:41 | wonderland
9月30日

牧野記念庭園と石神井公園は私の中ではセットです。石神井公園に行く道を牧野記念公園の事務所にいた方に
お聞きしましたが、迷わないためには近道ではなくバス通りを歩いたほうがいいとのことで、かなりの距離を
歩きました。前回はショートカットに失敗して道に迷いました。

石神井公園三宝池は前回行った時もミステリアスな空気に包まれていて、池が木々に蓋われてどんよりとして
いましたが、今回も午後遅くなってしまったので、同じような感じでした。

石神井公園付近には元々、武蔵野を支配した豊島氏の居城(石神井城)があり、近辺には豊島氏や豊島氏を
滅ぼした太田道灌にまつわる遺跡や神社があります。
園内にある石神井池・三宝寺池は、井の頭池、善福寺池と並び、武蔵野三大湧水池と言われていましたが、
現在では井戸から地下水を汲みあげ、池を 満たしています。
三宝寺池には石神井城落城の際、豊島氏の姫、照姫が身を投げたと言う伝説が残っており、照姫を偲んだ
「照姫まつり」が毎年4月-5月に開催されています。また、三宝寺池には「豊島家当主・泰経が、代々伝わる
金銀財宝を三宝寺池に沈めた」と言う伝説が残り、池の中島には三宝寺池厳島神社が、その向かい岸には
「穴弁天」と言われる宇賀神社があります。そこに祀られる宇賀神は人面蛇身の神で弁財天と同一視される事
からか「金運のパワースポット」と言われています。


この辺には太田道灌に関するものが多く残っているけれど、ただ江戸城を作った人としか知らなかったので
少し調べると壮絶な生涯だったことがわかりました。室町時代の武将。

学校が多く存在する石神井公園の近くを生徒たちとすれ違いながら急ぎ足で向かいました。もう下校の時間に
なっていたのですね。

三宝池の方に向かうと、途中曼珠沙華がきれいに咲いていました。










































三宝寺池をひとまわりしました。
以前と同じように何か不思議な感じがしました。













厳島神社




水神社

















キンミズヒキ







アレチノヌスビトバギ










エンレイソウ
















キツネノマゴ




ツリフネソウ




花はないけどガガイモ?




ミゾハギ


公園の前バス停から来たバスに飛び乗って、帰りは西武新宿線の上井草を回わりました。
歩いた距離は10km、15,267歩となっていました。疲れた一日でした。


Sep.30  2019  Shakujii park
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

牧野記念庭園のシロバナマンジュシャゲ ・・・ white spider lily in Makino memorial garden

2019-10-14 23:57:19 | seasons
9月30日



家のベランダのペチュニアももう終わりかけています。


シロバナマンジュシャゲが見たくなり、久しぶりに大泉学園にある牧野記念庭園に行きました。
曼珠沙華にはぎりぎり間に合った感じで、もう季節は終わりかけていました。
静かで訪れる人もまばらで、調査をしている人が数人グループでまわっていました。












ちょっと気になるポスターが貼ってありました。






















































































今回は花だけ撮るつもりで久しぶりのマクロレンズです。
シモバシラの花が咲いていました。入口に咲いていたピンクの花はハグロソウのようです。


牧野記念庭園は、植物学者牧野富太郎博士(1862-1957)ゆかりの地として、1958(昭和33)年より「牧野記念庭園」
として一般公開されてきました。牧野博士は1926(大正15)年、当時は野趣豊かであった大泉の地に居を構え、
1957(昭和32)年に満94歳の生涯を終えるまで、自邸の庭を「我が植物園」としてこよなく大切にしました。



Sep.30 2019 Ohizumi
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台風が通り過ぎた誕生日  ・・・ unforgettable birthday

2019-10-13 23:58:01 | a day in the life


誕生日と同じ日に開催予定の高校の古希同期会も延期になり、その前日の友人と亡き友を偲んでのランチも延期となりました。
台風が通り過ぎる午後の時間、チョン・キョンファが演奏を変更してしまったおかげで、家にあるマイスキーのブラームスの
「雨の歌」を聴きました。この曲はマンションを手放して、小さな賃貸のマンションに移ったころ、よく聴いていた曲です。
ちょうどボッチェリのcon te partiro を毎日聴いていた頃の少し前かも。



あの頃の子育てしながら、ナショプロや国際会議も仕事も入ってきて、仕事第一にせざるを得ず、毎日ハードだったころを
思い出させる曲です。こんなに静かで暗い曲を聴いていたのですね。なんだか主人も気に入ってよく聴いていました。
持っていた難病に加えと言うかそれが原因での吐血や静脈瘤破裂、脳出血といろいろな病気で救急搬送されることも
多く、自分でもどうやってあの時代を乗り越えてきたのか不思議なくらい。それには義理の姉が子供が具合が悪い時に
いつでも、自分の仕事をキャンセルして、保育園に迎えに来てくれたことに支えられていたかと思います。
生きることに精いっぱいだった日々。
その姉も亡くなって何年もたってしまいました。最近姪と電話で話すことがあり、あの頃を思い出します。
その後主人は最後に癌と言うステージがやってくるなんて思ってもみなかった頃です。これだけでももう充分です。



台風が直撃するという、この長い誕生日の一日、ブラームスを聴きながら、思いがけず昔を髣髴させました。
70年あっという間に過ぎましたが、今自由に暮らして、バランスがやっと取れたかと客観的に見て思いました。

鎌倉の友人が今回の台風は不気味なので、避難するとかで早めにバースデー・メッセージを送ってくれました。
安全を確保してくれてよかったです。家もヨットも無事だったとの連絡をその後もらいホッとしました。

真夜中にアメリカのペンパルからもメールが届きました。
すてきな誕生日ではなかったけれど、無事に過ごせた誕生日だったと返事を送りました。
無事是貴人と言う言葉を思い出します。







マイスキーのチェロを聴いたあと、YouTube でキョンファが弾いた2番と3番をもう一度パールマンとシェリングで聴きました。
年を重ねたブラームスの思いが伝わる曲です。









昨日はそれであるもので夕食を作って簡単なバースディでした。




パエリャとサラダ




いただきもののフルーツケーキにピオーネ


Oct.12 2019






今日娘がスポーツクラブに行った後、ケーキを買ってきてくれました。




一日遅れのお祝いケーキです。


今日珍しい人からショートメールが来て、驚きました。私が出向していた頃、一緒にお仕事をしたHさんです。
私がちょうどマンションを引き払って小さな賃貸に移ったころを知っている人です。なぜか最近どうしているかしらと思って
いたところでした。元気に過ごされているようで安心しました。

現在も過去も未来もガラガラポンのこの頃です。



Oct.13 2019
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちょっとがっかりのコンサート ・・・ disappointment concert

2019-10-13 01:48:09 | music
10月8日

ヴァイオリン:チョン・キョンファ
ピアノ:ケヴィン・ケナー





※当初の発表から上記のとおり変更になっております。
※出演者側の都合によりピアニストが変更になりました

曲目

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番

※ブラームス:ソナタ第1番は当日第2番に変更と
 なりました。

<アンコール>
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ
第1番D.384より第2楽章、第3楽章





都民劇場今シーズンの第1回目はチョン・キョンファでしたが、よく都民劇場では登場するアーティストで
またかとちょっとがっかりしました。 今まで数回聴いて、いい時と悪い時のブレがありすぎて、最近聴いた時は
あまりよくなかったと記憶しています。

今回もどうしたことか、いきなりの曲目変更で、演奏後のアナウンスと言う異例の事態でした。

ブラームスのソナタ、雨の歌をよく聴いていたので楽しみにしていたのですが、こういうところも少しがっかりでした。
代りの第2番はとてもいい曲でしたが、なんというか音はいいけれど、コンサートの緊張感が少なく、
ブラームスの深いメロディーに彼女の年を重ねた何かが響いてこないのです。
今年で71歳とのことで、コンサート活動もかなり大変なことではないかと感じてしまいます。
ブラームスの3番もメロディーが素敵でしたが、心打つコンサートではありませんでした。

終わって、友人がボソッと魅力的な演奏でなかったねと囁きました。私も情熱が感じられなかったと返しました。
彼女とはよく意見が一致します。

バッハはヒラリー・ハーンの生き生きしたのを聴いているので、キョンファには年なりの味を出してほしかったです。

ちょっと残念なコンサートでした。


Oct.8 2019 Ueno



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋の小石川後楽園 ・・・ Koishikawa Korakuen in autumn

2019-10-12 23:56:47 | seasons
あちこちで河川の氾濫を起こしながら台風が北上していきました。
ベランダに残したものが少し移動した程度で済みました。強い風と雨が
いつやむのかと思うほどでしたが、時間と共に弱まって、今は涼しい風が
入っていています。

鎌倉の友人も初めて、避難をして、安全を確保してくれてよかったです。
ヨットも家も無事をお祈りています。



9月28日

曼珠沙華の花を見に行った、小石川後楽園。
他にも秋の花が咲いていました。

後楽園の外周にも散歩道があって、そこに萩の花が咲いていました。










夏の名残も










和服の人がいました。9月の終わりの暑い日でした。











スケッチしていた人がいました。




























帰りにも和服の方が。黒の透ける塵除けが素敵でした。句会でもあるのでしょうか・・




おまけ)

ランチの岩波ブックカフェです。
最近ベルカントの友人と帰りにランチすることが多くなりました。
この日もここで友人と食事をしてから、一緒に水道橋方面へ歩きました。







本がたくさんあるカフェ。いつかひとりで来て、ゆっくり本を眺めたいです。
友達と来るのも静かでいいです。神保町にはいくつかこのようなカフェがありますね。













ランチはフリードリンク付き




前回のサバライスがおいしかったです。


スマホで撮った小石川後楽園





















朝、富士山が見えるかと思ったら、見えなかったみたい。


Sep. 28 2019 Koishikawa Korakuen & Jinbocyo
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

曼珠沙華の花に会いに ・・・ to see Manjushage (red spider lily)

2019-10-11 23:59:37 | seasons
9月28日 小石川後楽園

ベルカントレッスンの後に、神保町の方まで歩いて、岩波のブックカフェでランチが最近の定番になってきました。
食事をとりながらの情報交換が楽しいです。そこからお茶の水の駅まで歩くのも定番になってきましたが、今回は
小石川後楽園で彼岸花を見たくなったので、水道橋まで歩くことにしました。途中友達の事務所が駅近くにあることを
思い出して、連絡してみましたが、土曜日でしたので、不在のようでした。土曜日でもときどき出ていることもあるとか。

突然曼珠沙華の花が見たくなり、小石川後楽園の曼珠沙華は見たことがないような記憶で、行ってみたくなりました。
初めてこのシーズンに行くのかしらね。

この花はお彼岸のころ、咲くので彼岸花と言われるのでしょうが、曼珠沙華と言う方が好きです。
英語ではred spider lily というかわいくない名前がついています。亡き人を思い出す日本語のネーミングの方が
しっとりしていていいですね。

曼珠沙華とは、その意味やまつわる話が、法華経に登場するとのことで、彼岸花と言う呼び方と同じく仏教っぽいです。

曼珠沙華の意味:天界の花・天上の花
言葉そのものの意味:曼珠沙華のサンスクリット語での発音「マンジュシャカ」は、「赤い」という意味です。













蝶と曼珠沙華の組み合わせは始めて



















































































Sep.28 2019 Koishikawa Korakuen
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東大構内~弥生美術館~不忍池まで着物ウォーク ・・・ kimono walk : Tokyo Univ. → Yayoi Museum → Shinobazu pond

2019-10-10 23:59:05 | a day in the life
9月25日

  

会期が終わりそうなので、着付けの友人と、東大内や池の端の散歩も兼ねてレトロな着物を
見に行くことにしました。

竹久夢二美術館と同じ場所にあるとは思いませんでしたが、テイストはぴったりですね。

今の洋服の感覚で楽しんだ時代です。
自由に楽しめばいいという世界です。会場にはまさにこの時代を取り入れた人たちの熱気に
あふれていました。
テキスタイルが面白いです。一時とても魅かれたときがありましたが、トータルバランスが
難しくて、レトロ一食でなく、現代も取り混ぜて、新しい世界にしていくのがうまくいきそうに
ありません。アンティークを買った時の布の弱さもウィークポイントです。
いつかモダンレトロを着こなせればとは思いますが・・・

まずは本郷3丁目で待ち合わせ。真夏日でした。
そこから赤門近くの東大内のレストランへ。椿山荘がやっているものです。近くに住んでいるGさんが
予約を入れて下さっていました。農学部のレストランへはまた別の機会に行ってみることにしました。




赤門の周りの樹も大きくなっていました。小学校の頃、五月祭に来ていましたが、大きくなってからは仕事で
会場になったりしたときに来た程度です。










素材は鶏肉とあんこうでした。




















弥生美術館を見た後で、根津の方まで歩いて、再び不忍池を上野方面まで戻ってきました。日暮里の方に
行きたかったみたいですが、ちょっと距離がありそうでUターン。

不忍通りには面白そうな店もありました。



こちらにはインドの刺繍のショールやストールがたくさんありました。細かい仕事です。













こちらもインドの雑貨店です。




こんなところからスカイツリーが見えました。




私たちが歩いているときは良く外国人のグループから一緒に写真を撮ってほしいと頼まれます。
たいてい日本人の先生がいっしょで前回は日本語学校、今回は理学療法の研修に来ていたインドネシアからの
人たちでした。

この日は和服で8.6km、11,864歩も歩いていました。

疲れて池の端で休憩。



とにかく暑かったです。


この日の装い

相談して濃い色の小千谷縮ならいいのではと言うことになり、最初は濃い色の長襦袢を考えていましたが夏用の白い色に
変更しました。



帯は栗山工房の麻の型染です。


Sep.25 2019



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする