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【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年1月前期の書評から
石戸 諭『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』
毎日新聞出版 1760円
コロナ禍と二度目のオリンピックに揺れた、2020年から翌年にかけての東京。著者はひたすら人と向き合っていく。新橋の飲み屋店主。下北沢の劇団主宰者。歌舞伎町のホストクラブ経営者。自粛警察のユーチューバー。東京都知事選のポピュリズム政治家。さらに在宅医療の医師などだ。日常と化した非日常を生きる人たち。その営みと言葉を通じて、リアルな時代の空気が克明に記録されていく。(2021.11.30発行)
清沢洌:著、丹羽宇一郎:編集・解説
『現代語訳 暗黒日記 昭和十七年十二月~昭和二十年五月』
東洋経済新報社 2200円
ジャーナリストで外交評論家だった清沢洌。昭和17年12月から敗戦の3か月前まで書き続けた戦中日記が本書のベースだ。当時の清沢は総合雑誌への寄稿禁止者。日記は後の資料とすべき実感の記録だった。「大東亜戦争は浪花節文化の仇討ち思想である」「この時代の特徴は精神主義の魔力だ」と見え過ぎるほどに本質が見えていた。何より「空気」で動く社会の指摘は、そのまま現代に通じている。(2021.12.16発行)
小川榮太郎『作家の値うち 令和の超ブックガイド』
飛鳥新社 1500円
文芸評論家の著者は、現役作家の平均的創作水準が「下落しつつあるのは厳然たる事実」と言い切る。100点満点で個々の作品を評価したのが本書だ。「世界文学の水準」である90点以上には、カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』や村上龍『愛と幻想のファシズム』などが並ぶ。一方、「公刊すべきでない水準」という29点以下の作品も挙げていく。読者自身の知力や感性も問われる、禁断の書だ。(2021.12.22発行)
湯川 豊『海坂藩に吹く風~藤沢周平を読む』
文藝春秋 1980円
藤沢周平が没して四半世紀が過ぎた。だが、作品は今も愛され続けている。著者は元「文学界」編集長。考え抜かれたストーリー展開や、端正で透明感に満ちた文章の秘密を探っていく。書名の「海坂藩」は藤沢が創造した、東北にある架空の小藩だ。『蝉しぐれ』や『三屋清左衛門残日録』の舞台となった。それらの時代小説はもちろん、江戸市井小説や伝記小説など豊かな作品世界と向き合える。(2021.12.10発行)
中日新聞編集局、秦融:著
『冤罪をほどく~“供述弱者”とは誰か』
風媒社 1980円
2003年、滋賀県の病院で男性患者が死亡した。当時24歳だった女性看護助手が呼吸器のチューブを「外した」と自白。懲役12年の有罪判決が確定した。しかし、それは冤罪だったのだ。20年の再審で無罪判決が出たが、彼女はなぜ無実の罪を「自白」させられたのか。両親に宛てた、無実を訴える350通の手紙。「組織」対「個人」。「供述弱者」という盲点。地方紙が挑んだ、粘り強い報道の成果である。(2021.12.20発行)
金井久美子、金井美恵子
『鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』
中央公論新社 2420円
画家の姉と小説家の妹。この姉妹からお茶に誘われたら、たとえ「不思議の国」でも行くしかないだろう。厳選された客の顔ぶれも豪華だ。「私の知っている男性の中で一番素敵だ」と姉が言う大岡昇平。「キャッチ・ボール程度のお相手」をしてもらったと妹が告白する蓮實重彦。唯一の女性ゲストは武田百合子である。初出は約40年前の雑誌『話の特集』という、芳醇なワインのごとき鼎談集だ。(2021.12.25発行)