【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年7月前期の書評から
ペリー荻野『テレビの荒野を歩いた人たち』
新潮社 1760円
コラムニストで時代劇研究家の著者が、「テレビの開拓者たち」の体験談をまとめた一冊だ。『渡る世間は鬼ばかり』などで知られるプロデューサーの石井ふく子は、惚れ込んだ小説をドラマ化したくて、原作者である山本周五郎の家に通いつめた。時代が変わっても「やっぱり家族のドラマにこだわりたい」と言う。他に脚本家の橋田壽賀子、作曲家の小林亜星など総勢12人の貴重な証言が並ぶ。(2020.06.20発行)
熊代 亨
『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』
イースト・プレス 1980円
著者は精神科医にしてブロガーで著述家。過去と現在の社会を比較しながら、「消えた生きづらさ」と「新たな生きづらさ」について語ったのが本書だ。清潔で美しく、安全で快適な街。際限のない健康志向。自由選択になった人間関係。等しく求められるコミュニケーション能力。進歩したはずの私たちは、昭和の人々よりも幸福になれたのか。令和時代特有の社会病理が明らかになっていく。(2020.06.20発行)
泉 麻人 『夏の迷い子』
中央公論新社 1760円
表題作の主人公は、施設で暮す認知症の母と一緒に古い写真を眺める63歳の息子。ふと子供時代に起きた、お祭りの夜の出来事が甦る。「テレビ男」は、嘱託として会社に残りながら、図書館で新聞の縮刷版を楽しむ男の話だ。お目当ては昔のテレビ欄。ある日、奇妙なタイトルの番組を思い出す。懐かしさとほろ苦さと。全7作の短編小説のモチーフとなっているのは、著者ならではの「昭和の記憶」だ。(2020.06.25発行)
岩波新書編集部:編『岩波新書解説総目録1938―2019』
岩波新書 1100円
岩波新書の創刊は昭和13年(1938)11月。寺田寅彦『天災と国防』をはじめとする9冊が店頭に並んだ。岩波茂雄は刊行の辞に「挙国一致国民総動員の現状に少からぬ不安を抱く」と記している。それから80余年。本書は約3400点の内容を総覧できる、初めての総目録だ。生き方に結びつく知識を得るために、また世界を認識するための足場として、この「知のアーカイブ」を活用していきたい。(2020.06.19発行)
坪内祐三『本の雑誌の坪内祐三』
本の雑誌社 2970円
今年の1月13日未明、坪内祐三が亡くなった。急性心不全。61歳8カ月だった。『ストリートワイズ』『古くさいぞ私は』などの著作で知られるが、雑誌を読むのも、雑誌に書くのも好きだった坪内。本書には「スタッフライター」を自称した『本の雑誌』の記事が収められている。執筆した特集はもちろん、対談や座談会がすこぶる面白い。また23年分の「私のベスト3」も極上のブックガイドだ。(2020.06.25発行)
鷲田清一『二枚腰のすすめ~鷲田清一の人生案内』
世界思想社 1870円
新聞の「人生相談」6年半分である。著者は相談に「答える」のではなく、「乗る」ことを選ぶ。たとえば三角関係の悩みに対して「たぶんあなたはライバルに負けます」と言い切る。そして「でも私はあなたを肯定します」と続けるのだ。また自分勝手な夫への不満を訴える妻には、あえて「家族解散」を提案。読む側も結論だけでなく、「ねばり強い腰」を持つための思考プロセスを共有できる。(2020.06.30発行)