2022.07.20
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年7月後期の書評から
貴志謙介『1964 東京ブラックホール』
NHK出版 1870円
「東京オリンピック」が開催された1964年。何かと語られることが多いが、それは本当に「明るい年」だったのか。NHKスペシャル『東京ブラックホールⅡ 破壊と創造の1964年』の制作に携わった著者が、時代の深層を掘り起こしていく。自民党の一党支配。新幹線や五輪道路の汚職。非正規労働者の搾取。そして地方という「犠牲のシステム」。2020年の“自画像”がそこにある。(2020.06.25発行)
安藤祐介『夢は捨てたと言わないで』
中央公論新社 1760円
それはスーパー「エブリ」社長の突飛な発想だった。バイトで働く無名の芸人たちを準社員に登用し、「お笑い実業団」として支援しようというのだ。店内催事場でのライブやマネージメントを担当するのは栄治。不本意な仕事だったが、客も従業員も彼らを応援するようになる。やがて売れない歴15年のコンビがテレビのお笑いグランプリに挑戦。笑いと涙の芸人物語は思わぬ展開を見せていく。(2020.06.25発行)
亀和田武『夢でもいいから』
光文社 1980円
7年前の『夢でまた逢えたら』に続く、待望の回想エッセイだ。著者は記憶のタイムマシンで過去と現在を自由に行き来する。インタビューした時に尾崎豊が見せた、イメージとは異なる気弱な微笑。ワイドショーの司会者としてスタジオで対決した、オウム真理教の上祐史浩。リアルタイムの現場と生身の人間ほど面白いものはない。本書はエッセイでありながら、秀逸な同時代史となっている。(2020.06.30発行)
若松英輔『霧の彼方 須賀敦子』
集英社 2970円
須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』は、なぜ彼女の代表作と言われるのか。またその巻頭に、「人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものは、ない。」という有名な一節を含む、サバの詩が置かれているのは、なぜなのか。この評伝にはそんな問いに対する答えがある。須賀の人と思想を解読するのではなく、共振することで書かれているからだ。「高尚なる勇ましい生涯」の相貌が立ち現れる。(2020.06.30発行)
内海 健『金閣を焼かなければならぬ~林養賢と三島由紀夫』
河出書房新社 2640円
昭和25年(1950)7月2日未明、京都の金閣寺が焼失した。学僧・林養賢による放火だった。6年後、三島由紀夫は小説『金閣寺』を上梓する。主人公は「私」こと溝口だ。精神科医である著者は、林の軌跡を辿ると同時に、溝口を梃子にして三島の内面を探っていく。キーワードは「離隔」だ。金閣を焼く動機はなかった林。溝口を生み出さねばならなかった三島。スリリングな分析劇である。(2020.06.30発行)
藤木TDCほか:著『日本昭和エロ大全』
辰巳出版 1760円
男は誰でも「秘めたる自分史」を持っている。昭和の少年たちは特にそうだ。「エロ本」の入手に苦心し、「成人映画」にため息をつき、「エロマンガ」を堪能し、「官能小説」に酔った。さらに日常的な「お色気番組」を楽しみつつ、「風俗産業」の発展も気になる。それが昭和という時代だ。本書には、その全てがフリーズドライされている。照れくささと懐かしさで身もだえ必至の一冊だ。(2020.07.01発行)