【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年2月後期の書評から
石井光太『ルポ 自助2020― 頼りにならないこの国で』
筑摩書房 1650円
「自助」とは自分を自らの力で守ること。家族や地域で助け合う「共助」とも、国や自治体による「公助」とも違う。著者はコロナ禍にあえぐ人たちの状況と憤りを、この言葉に集約した。クラスター発生の高齢者施設。幼い命を守ろうとする保育園。コロナ自殺と向き合う大学病院精神科。彼らはそれぞれの現場で困難にどう立ち向かったのか。その取り組みの先にコロナ後の社会の姿が遠望できる。(2022.01.30発行)
窪 美澄『朱(あか)より赤く 高岡智照尼の生涯』
小学館 1760円
高岡智照は伝説の人だ。明治29年に生まれ、10代半ばで恋仲となった情人に誠意を示すため、小指を詰めた。やがて新橋で人気芸者となるが、結婚と離婚を繰り返し、38歳で出家。京都・祇寺の庵主として、多くの女性を助けることになる。本書は得度までの半生を智照自身が語るという形の長編小説だ。かつて瀬戸内寂聴(当時は晴美)が彼女をモデルに書いた小説『女徳』と比較して読むのも一興。(2022.01.31発行)
隈元信一『探訪 ローカル番組の作り手たち』
はる書房 1650円
日本には地上波系テレビ局だけで約100社が存在する。全貌を知ることが難しい、各地域での放送活動や番にスポットを当てたのが本書だ。「水曜どうでしょう」の北海道テレビをはじめ、独自の試行錯誤を続ける局と放送人を取材している。著者は長年、放送担当記者を務めたジャーナリスト。昨年夏に末期がんを告知されたことを本書で明かしている。地道な全国行脚から生まれた、執念の探訪記だ。(2022.02.11発行)
宮内悠介『かくして彼女は宴で語る~明治耽美派推理帖』
幻冬舎 1870円
異色の連作ミステリー集。明治末期、隅田河畔の西洋料理店で若き芸術家たちが座談会を開いている。メンバーは木下杢太郎、北原白秋、石井柏亭などで、「パン(牧神)の会」という。彼らが文芸や美術だけでなく、帝都で起きた奇妙な事件を語り合うのが本作だ。日本刀を突き立てられた、団子坂の菊人形。浅草十二階での不可解な転落死。精鋭たちを驚かせるのは、店の女中「あやの」の推理だ。(2022.01.25発行)
ヴィナイヤク・プラサード:著、 大脇幸志郎:訳
『悪いがん治療~誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』
晶文社 3520円
著者はカリフォルニア大学准教授で、現役の血液腫瘍内科医。がん治療薬に関わる政策と医学的エビデンス(根拠)と国による規制についての本だ。がんの薬はなぜ高価なのか。それは患者と社会にどんな影響を与えるのか。「医師は患者と製品の製造者の両方から金を取る」と著者。しかも患者と製造者の最善が一致しないことが多い。がん医療のリアルを知ることは、患者のサバイバルでもある。(2022.01.30発行)
佐高 信『当世好き嫌い人物事典』
旬報社 1980円
辛口評論家が出会った124人の肖像だ。選択基準は「好き嫌い」。好きと嫌いは立場や思想を超えるからだ。「歩く日本国憲法」と呼んだ中村哲。「弱者の痛みがわかる」と見直した橋本龍太郎。いわゆる「転向」後も嫌いになれなかった江藤淳。西部邁とは「嫌いな人間が同じ」だった。そして会いたいと思いながら会えなかったのが田中角栄と美空ひばりだと著者。幻の会見記を読んでみたくなる。(2022.02.15発行)