どこか懐かしい鎌倉土産「鳩サブレ―」
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年8月後期の書評から
小檜山博『人生讃歌 北国のぬくもり』
河出書房新社 1980円
相米慎二監督がプロレスの武藤敬司と音楽の秋吉満ちるという異色キャストで撮った映画『光る女』(1987年)。同名の原作小説を書いた著者は、83歳の現在も故郷の北海道で文学活動を続けている。本書はJR北海道の車内誌で15年続く連載エッセイの4年分だ。「謙虚さと賢さの不足した軽薄さ」と過去の自分を振り返り、馬を売って高校に進学させてくれた父を思う。滋味溢れる記憶の小宇宙。(2020.07.30発行)
町あかり『町あかりの昭和歌謡曲ガイド』
青土社 1650円
著者はアラサー女子のシンガーソングライター。平成生まれなのに昭和歌謡曲の大ファンでレコード好き。リアルタイムではないからこその新鮮な音楽体験として名曲や迷曲の数々を語っていく。郷ひろみ「お嫁サンバ」が放つ無敵の突拍子のなさ。恋人依存歌謡と呼ぶしかないサーカスの「愛で殺したい」。含みのある歌詞にハマる麻丘めぐみ「夏八景」。熱い思い入れで爆走する昭和行きバスだ。(2020.08.06発行)
渡辺 考『少女たちがみつめた長崎』
書肆侃侃房 1760円
書名の「少女たち」には二重の意味がある。昭和20年8月9日に勤労動員先の兵器工場で被爆した、長崎高等女学校(長崎高女)の生徒たち。もう一つが現在の長崎西高校(旧長崎高女)放送部の生徒たちだ。大先輩の証言。残されていた当時の日記。さらに作家・林京子の著作も参考にしながら、若い世代が原爆体験の継承を目指す。著者は昨年8月にNHKで放送された同名番組の制作者だ。(2020.08.09発行)
大治朋子『歪んだ正義~「普通の人」がなぜ過激化するのか』
毎日新聞出版 1760円
海外で頻発するテロ事件。日本でも度々発生する無差別殺人事件。犯人たちは稀有な「異常者」なのか。毎日新聞編集委員の著者が明らかにするのは、ごく普通の隣人が過激化していくプロセスだ。キーワードは「ローンウルフ(一匹オオカミ)」。組織に属さず自己過激化する個人を指す。豊富な海外事例に加え、秋葉原トラック暴走事件や相模原殺傷事件が並ぶ。「普通の人」とは私たち自身だ。(2020.08.10発行)
クライブ・カッスラー、中山善之:訳
『タイタニックを引き揚げろ』上・下
扶桑社海外文庫 各990円
ジェームズ・キャメロン監督のヒット映画『タイタニック』の公開が1997年。本書はその20年前に出版された海洋冒険小説の傑作にして古典の復刊だ。主人公はアメリカ国立海中海洋機関の特殊任務責任者、ダーク・ピット。大西洋に眠る巨大客船の引き揚げに挑戦する。密かに積まれた稀少鉱石が国防システムの鍵となるからだ。妨害と略奪を企むソ連海軍情報部。嵐の洋上での死闘が迫る。(2020.08.10発行)
吉田 類『酒場詩人の美学』
中央公論新社 1760円
放浪詩人と聞けば山頭火や金子光晴を思い出す。しかし酒場詩人となると、人気番組「吉田類の酒場放浪記」で見慣れた著者の顔しか浮かんでこない。本書でも札幌の狸小路で地酒、京都の屋台村で吟醸酒、さらにパリの下町カフェでカルバドスと盃は乾かない。また詩人は飲んで詠む。酒蔵の印象と感謝の思いを込めた「暫くは吹雪破れて加賀の月」などの俳句も披露される。美酒は二度おいしい。(2020.08.25発行)