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【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年1月後期の書評から
樋口州男ほか編著「『吾妻鏡』でたどる北条義時の生涯」
小径社 2200円
三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。主人公は北条義時だ。書店には関連本が並ぶが、本書の特色は鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』を手がかりにして義時に迫っていることだ。幕府・北条側の視点で編まれているからこそ、解読はスリリングなものとなる。そもそも頼朝挙兵以前の義時についての史料は伝わっていない。『吾妻鏡』、歴史上の事実、三谷が描く人物像を比較するのも一興だ。(2021.12.13発行)
湯川れい子『時代のカナリア~今こそ女性たちに伝えたい!』
集英社 1760円
エルヴィス・プレスリーをいち早く日本に紹介し、ビートルズの単独インタビューを成功させてきた著者。本書は自ら語る「86年間の歴史」であり、「戦後第一世代の女の記録」だ。9歳で終戦。中学生で聴いた米軍放送。高校生で受けた女優オーディション。やがて音楽評論家として活躍する。それが困難だった時代から「女性の自立」を実践してきた著者。戦争と差別に立ち向かう姿勢も筋金入りだ。(2022.01.10発行)
近藤健児『絶版文庫万華鏡』
青弓社 2200円
『絶版文庫交響曲』『絶版新書交響曲』に続く、シリーズ最新作だ。絶版文庫という深い海の底から、これぞという逸品91点を引き上げ、その魅力を語っていく。菊池寛の「職人的なうまさ」が冴える、戦前の人気作『東京行進曲』。若き日の文豪の「ダメな男」ぶりに励まされる、トルストイ『青春日記』。さらに入手困難・高値で有名な一冊、パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』も手にしてみたい。(2022.01.17発行)
西川清史『文豪と印影』
左右社 2420円
かつて本の奥付には、書き手のハンコが捺してあった。出版社が売り出した冊数を確認するための「検印」だ。多くは名字だったが、そこに作家の趣味嗜好や個性を見出し、収集したのが本書である。印章を好んだ漱石は58種もの印影を持つ。荷風は自分でも篆刻していた。また太宰は妻に、三島は父親に検印を任せていたという。130人、170の印影に宿る、書物に対する愛。ありそうでなかった一冊だ。(2021.12.15発行)
五木寛之『一期一会の人びと』
中央公論新社 1760円
著者が今も忘れえぬ人たちについて綴った回想録。そのラインナップが豪華だ。突然のピンポン対決を挑んできたヘンリー・ミラー。世間の評判は人為的なものだと語るフランソワーズ・サガン。赤坂のバーで少女たちを見つめていた川端康成。さらに「サディスティックなところがあるの、精神的に」と告白した、女優の太地喜和子も本書の中で生きている。「一夜の友こそ永遠の友」かもしれない。(2022.01.10発行)
瀬戸内寂聴『その日まで』
講談社 1430円
昨年11月に99歳で亡くなった著者。それまでの約3年間に書かれた、最期の長編エッセイが本書だ。「人は生まれて以来、常にひとりだと想っている」という覚悟。「死ぬまで私は、自分勝手な、ひとりよがりのわがまま人間であることだろう」と言い切る厳しさ。その一方で、作家の石牟礼道子や俳優の萩原健一など縁のあった人たちへの眼差しが温かい。人間の業を知るからこその懐の深さだ。(2022.01.11発行)